人のワクワクを笑うな!

自分の中にあるワクワクという感情や身体感覚を再認識し、理想の仕事やパートナーを見つけ自分が望むライフスタイル創りだすソース・ワークショップ開催中です。

多角的に自分のワクワクを見つける発見編とそのワクワクを実生活に応用する活用編に別れています。

このワクワクって自尊心とつながっています。

 

ソーストレーナー上田正敏です。

ソースを知って19年、トレーナーになって12年。

好きという感情を大切にする生き方を実践し、また多くの人に伝えてきました。

ワクワクとか好きという感情はその人そのものです。

とても個人的なものであり尊重すべきものです。

 

久々にワークショップで怒りが爆発しました。

それは参加者のワクワクする気持ちを、馬鹿にして笑った人がいたという話を聞いたから。

 

人のワクワクを笑うな!

 

自分のワクワクする気持ちを表現することは勇気がいることです。

自分の好きを否定されたら立ち直れないくらい傷つくものです。

自分を全否定されたような気持ちになるのです。

 

他人のワクワクを笑う資格がある人は、この世にはいません。

唯一できることは尊重することだけです。

 

言われた本人がドン引きするくらい僕の中で怒りが湧いてきたのですが、これ本当は言われた本人が怒りを感じているのです。

自分の尊厳を守るために怒りを感じているのです。

その怒りを抑圧していると周りの人に伝染することがあります。

それを僕が感じ取ったので、本人に代わって怒りを表現しました。

 

さらに心理学的にいえば、笑った本人も大問題があります。

それは他人を笑ったことではありません。

自分で自分自身の尊厳を笑って馬鹿にしたのと同じことです。

 

きっと自分のワクワクする感情や身体感覚を否定している人です。

自分の自尊心を失い、自己不信に落ち入っている人なのです。

他人のワクワクを笑える人は、それ以上に自分のワクワクを笑っています。

どれだけ自分を罰しているかと思うとやりきれません。

本当は誰も悪くないのです。

あるとすれば自分のことを大した奴だと思っていない自分です。

 

どうすればいいのか?

 

答えはシンプルです。

自尊心を笑われた時に怒ればいいのです。

それがどれだけ罪があることなのか自覚していない人が多い。

それを伝える必要があるのです。

健全なる怒りというものがあるのです。

 

セラピーの手法を使ってリプログラミングしました。

自分自身のソースとつながり生き生きと力が湧き上がっているかのよう見えました。

感情はとても穏やかだったそうです。

自分の源とつながることが、好きな仕事をしたり、好きなパートナーと共にいたり、好きなことを好きなだけ好きな時にできるようになる鍵を握っています。

 

ワークライフバランスを超えたワークアズライフをソースワークショップで手に入れることが目的です。

自分らしさを発揮して生き生きとしている人を一人でも増えることが僕のワクワクのひとつです。

 

■ワクワクを発見し好きなことを仕事にするソース・ワークショップ
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自分に自信を持つためには言葉使いに意識を向けること

人間の意識って何でできているでしょうか?

僕の答えは言葉です。

人は言葉で世界を認識しています。

 

メンタルトレーナー上田正敏です。

人は言葉でできていると言っても過言ではありません。

どんな言葉を使っているかで、その人そのものがわかります。

 

だから、自分の言葉に責任を持つことが重要になります。

 

愚痴、不平不満を口にしていると、愚痴や不平不満を言いたくなるような場面に出くわすことが多くなります。

感謝を口にしていると、感謝を言いたくなるような場面に出くわすことが多くなります。

 

世の中はプラスもマイナスもありません。

ただニュートラルにあるだけ。

人がプラスに解釈するか、マイナスに解釈するだけなのです。

使っている言葉によって、プラスに動くか、マイナスに動くか決まってきます。

使っている言葉によって、何が拡大されて見えてくるかが決まってきます。

 

ネガティブ思考でいれば、ネガティブなことがよく見えたり聞こえたりするようになります。

ポジティブ思考でいれば、ポジティブなことがよく見えたり聞こえたりするようになります。

 

偽ポジティブ思考は、無理やりネガティブをポジティブに変えようと努力をしているので、ネガティブ思考だったりもします。

ポジティブもネガティブも超えてニュートラルになることが究極の目的です。

まずは、自分がポジティブな言葉を使っているか、ネガティブな言葉を使っているか、自分の言葉に意識を向けて見ることが大切です。

 

そして、特に意識を向けてもらいたいのは、語尾です。

例えば、

僕がお菓子が好きだ。

という言葉の語尾を変えてみます。

 

僕はお菓子が好きじゃない。

僕はお菓子が好きかもしれない。

僕はお菓子を好きだったらいいな。

僕はお菓子を好きに違いない。

僕はお菓子を好きだと思うんだけど、、、。

僕はお菓子が好きだなんて言わないよ絶対。

 

何が何だかよくわからなくなります。

自分で自分に煙幕をはることになります。

自分の意識がわからなくなります。

自分自身を誤魔化すことができます。

 

僕は◯◯が好き。

 

というシンプルな思考が大切です。

これは思考というよりも感情であり本能です。

余計な語尾はいらないのです。

 

世の中一般の人たちはお菓子が好き。

というのもどうでもいいことです。

誰が?私がなのです。

これが自分自身を確立していくことにもつながります。

 

そして、自分自身を信じることになります。

つまり、自分に自信を持つことができます。

 

どんな言葉を話しているのか?

自分がどんな言葉を言っているのか?

これに意識を向けると自信がつきますよ!

 

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皇居勤労奉仕に行ってきました。

昨年に引き続き、今年も皇居勤労奉仕に行ってきました。

今年もとても素晴らしい体験をしてきました。

東京都チームロータスの一員として平成30年4月24日〜4月27日まで参加させていただきました。

 

メンタルトレーナー上田正敏です。

貴重な体験を今年もしてきました。

この会に参加できることって、この上なく幸せなことです。

なぜなら、平日の4日間連続で参加できることが条件だから。

自分自身が物心共に平和であり、パートナーや家族が健康であり、健全な関係性が構築されている人が参加できるものです。

心が豊かである人だからこそ奉仕ができるものだと思っています。

 

実際には天皇陛下や皇后陛下から奉仕をされているような気分になります。

これほど学びになる機会はないというくらいにステキな時間でした。

企業研修をするなら皇居の勤労奉仕が一番いいのではないかと思うほどです。

それほど学びが深いものがあります。

実際には企業さんが来ているところを見たことはありませんが。

 

今回の勤労奉仕は、自分とは何か?、社会とは何か?を考えさせられる時間が多かった気がしています。

 

僕が参加した団は総勢33名でした。

33名も人がいると社会を作り出しています。

それぞれの個性が豊かな人たちが多いです。

才能がバラバラな人たちが多いともいえます。

 

草取りをしたり、掃除をしたり、お弁当を配ったり、お茶係があったり、鍵当番がいたり、団長、副団長がいたり、それぞれ役割があります。

それが自然と集団として機能していきます。

ノンビリ奉仕する人からテキパキ奉仕する人まで、多様性にあふれています。

出来る人から出来ない人までいたり、真面目にやっている人から適当にやっている人までいるんだけど、ちゃんと最後にはできているのです。

これが面白い。

誰もが必要な人であり、誰もがいていいのです。

当たり前といえば当たり前なんだけど、人として生まれて来たからには社会に必要とされて生まれて来るのです。

 

その精神的なリーダーとして天皇家があるのだという認識があります。

前回から感じていることで、日本人のDNAなのでしょうか、心の支えになっているのです。

神社で神様に祈るように、生きている神様なのかもしれません。

 

世界一のヒーラーが天皇陛下であると僕は思っています。

いるだけで、人を癒せる力を持っています。

医療関係者はもちろん、人を癒す仕事をしている人の頂点に立っている人だと確信しています。

僕の目指す究極の姿が陛下です。

 

ただいるだけでいい。

 

これは、特別な人だけでなく誰もが、ただいいるだけでいい。

八百万の神の世界と、多様性に富んでいる人間世界は同じです。

本当にそうなんだと確信を持ちました。

 

特別なことをしなくてもいい。

社会に役立つことをしなくてもいい。

がまんしなくていい。

良いことでなくてもいい。

完璧でなくてもいい。

ただ、そこにいるだけでいいのだ。

そんなメッセージをもらった気がしました。

 

あとは気づきのメモを

  • 初日は園遊会前日の赤坂御所のご奉仕。舞台装置を作るお手伝いができたのが感無量。テレビの画角の外にある景色を生で観れたのは良かったです。
  • 皇太子のご会釈では、皇太子の覚悟を感じることができました。選択の力を感じました。
  • 2日目は大雨の東御苑地区を見学。土砂降りの雨が気持ちよく、滝行で浄化されたような気分。
  • 午後は中止で帰るも疲れていて爆睡
  • 3日目は吹上御苑地区。ここは一般の人が入れない分野。幸運なことに昨年に引き続きKに参拝できる。このチームは確実に持っています。
  • 4日目は宮殿地区。見事な庭を見ることができました。午後は窓明館のお掃除。勤労奉仕団の控えの場としても使われるところ。自分たちが使ったところを掃除できるのもいいですね。

 

勤労奉仕ってご縁がある人だけが来れるものだと思っています。

日本人なら誰もが1回は体験することをオススメします。

この経験は何事にも代え難いです。

 

チームロータスの皆さま。ありがとうございました。

貴重な体験と気づきを得ました。

周りの人たちに得たものを与えていきます!

人に優しくなれました!ありがとう!

夫婦で新しいことしていこうっと!

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医学と医療

医学と医療は違うという話を聞いて調べてみました。

この単語は僕にとっては同じもので違いを考えたことなかったです。

何が違うのでしょうか?

 

メンタルトレーナー上田正敏です。

僕が耳にした話では、

医学=科学

医療≠科学

科学とは測定可能であり観察できる根拠をベースにして考えるのが原理原則だそうだ。

ということ。

 

僕自身は「医学=科学」と定義していません。

科学とは、何時でも誰でも何処ででも同じ結果がでるのが科学と定義しているからです。

物理化学を専攻していたので、科学とはこうだと思っているのです。

生物学に関しては、複雑な要素が多すぎて科学的に説明するのは困難であると考えています。

医学は人間の命に関することを研究している学問であり、人を治すためにあるものだと認識しています。

 

疑問に思ったら調べることが大事です。

僕は、まず辞書を引きます。。

医学(medicine、medical science)
生体の機構を調べ、生体の保健や疾病・傷害の診断・治療・予防などについての方法を研究する学問。大きく基礎医学・臨床医学・社会医学に分かれる。

医療(medical treatment [care])
医術で病気を治すこと。

医術(the medical art; medicine)
病気や傷を治療する技術。

科学(science)
一定の目的・方法のもとに種々の事象を研究する認識活動。また、その成果としての体系的知識。研究対象または研究方法のうえで、自然科学・社会科学・人文科学などに分類される。一般に、哲学・宗教・芸術などと区別して用いられ、広義には学・学問と同じ意味に、狭義では自然科学だけをさすことがある。

調べたらよくわからなくなりました。

 

人によって言葉はどのように定義するかで変わってきます。

言葉の定義をしてから議論しないとズレていく可能性が高い分野です。

 

医学とは学問である。

仮説検証をして学問的に体系化されていることに使われています。

エビデンス(医学的根拠)があるとは、仮説検証されたものであるということですね。

ただ、学問というものは、学説が沢山あって、多くの専門家が支持されているものが正しいとされています。

つまり、AはBという学説もあれば、AはCだという学説もあることです。

学会などで議論されたりすることで、常識的にどの学説が正しいかは変わることがあります。

理由を証明しているのが医学と言ってもいいかもしれません。

 

では医療とは何か?

辞書を引いてわかったのはアートである要素があるということ。

科学のように誰でも同じというのではなく、芸術のように誰もが違うという要素が含まれるこということ。

科学的に証明されていないかもしれないけれど、病気や治療する技術を使うということ。

 

辞書で定義が曖昧ならgoogle先生に頼ってみます。

医療と医学の違い
医学は科学である。しかし、医療は科学ではない。ただ、客観的に集積された証拠に基づく医療(EBM)は、限りなく科学に近づくことができる。それでも病状把握の正確性、過去に報告された論文の評価、個体間較差を考慮すると到底、科学にはなり得ない。一+一=二にはならないのが医療である。
http://www.med.or.jp/nichinews/n110805i.html

医療と医学の本質的な違い
医療を科学として扱おうとする前提をつくったのは誤りです。医学はテクノロジーですから、そのほとんどは科学の領域です。しかしそれは医療を支えるひとつの手段にすぎません。医療は生きることそのものを扱うのですから、そのほとんどは科学ではないのです。
カバーする範囲となれば、医学に比べて医療のほうが、ずっと広大なのです。それなのに少なくても日本の医療の中では、医学がすべてであるかのような錯覚がまかり通っています。医療のほとんどが医学で占められてしまったのです。
現代の便利で快適な物質的生活。それは科学の恩恵として素直に感謝するとして、人間らしくのびのびと生きることのほとんどは、科学とは関係のないことです。しかしそれが病気というステージに入った途端に、科学、科学と言われて右も左も壁で仕切られ、文字通り八方塞がりで、窮屈そのものです。
http://vitalmore.co.jp/integrated-care.html

 

次に紹介するのが一番納得した説明かなと。

II.医学とは?

皆さんは、学問としての医学(Medical Science、看護学・福祉学を含む)を学んだ後で、医療者として医療に携わることになります。その意味では、「医」の中心は確かに医学(看護学・福祉学を含む)です。

しかし、医学が他の自然科学と基本的に異なる点は、「人間を対象とする学問」であるという点です。

人間は精神を持ち、その精神が肉体と密接に関係しているために、自然科学のように物質を対象とした学問より複雑にならざるを得ないのです。したがって「医」とは、病める人(病者、患者)、つまり精神を持った人間を癒すことに関連する領域の全てを包含することになります。しかも病気の予防や健康一般に関する問題までも取り組む幅広い範囲を意味する言葉です。

治と治癒の違いは何か?(治すだけではなく、治して癒すのが治癒です)

医学も同様に病める人を癒すことができるようになるために学ぶべき学問ということになる。
www.hoku-iryo-u.ac.jp/~mkobaya/kobayashi/…to…/医学原論講義ノート1.doc

ここにあった図が良かったので作成しなおして提示します。

この図はわかりやすいですね。

僕の中では腑に落ちました。

医者と代替医療者の区別は社会学的なものだと考えるとわかりやすいかもしれません。

 

すみません。今回は全く結論がでません。

医学と医療の違い。

医者と医者でない人の違い。

科学と商売の違い。

切っても切れない大きなテーマでした。

ちょっと考え続けます。

 

 

 

親から自立するということ

親から自立する。

これもセッションの中ででてくる大きなテーマのひとつです。

親からの自立とはなんでしょうか?

 

心理セラピスト上田正敏です。

自立とは、自分のだけで足でしっかりと立つということです。

 

自立するとは、精神的、物理的、経済的に自立をすることです。

これ簡単なようで、難しいことなのです。

 

精神的に自立する最初のステップは、親に頼らないということです。

次のステップとして親と対等な関係になるということです。

まずは、親に精神的に頼らないということが大切です。

 

物理的に自立最初のステップは、物理的に親との距離をとることです。

自分の居場所を自分で作るということです。

今の家族は親が作ってくれた居場所です。

自分で自分の居場所を作ることが大切になります。

家庭でも職場でもない第三の居場所を作ることも社会的に大事なことです。

 

経済的に自立をすることも大切です。

生まれてきた時からずっと親に育ててもらっている。

お金をだしてもらってきているのです。

もちろん、お金だけでなく、愛情やエネルギーも注いでもらっています。

 

ここで、愛情なんてもらって来なかったという人がいますが、今現在、生きているだけで最低限の愛情をもらっています。

これで十分なのです。

それ以上の愛情は、運というか人それぞれ。平等ではありません。

 

経済的に自立するということは、社会的にも大人だと認められることです。

今の時代の通過儀礼が社会の一員となるために、経済的に自立をするということでしょう。

 

お金の側面だけで家族を会社に置き換えて考えてみます。

僕の考えでは、お金をくれる人がお客さんと定義します。

会社員のお客さんは社長なんです。お給料をくれる人がお客さん。

いわゆるお客さんは、社長のお客さんなのです。

 

これを家族で例えると、親はお客さんです。

自立する前は、お客さんである親の欲求を叶える必要があります。

親の欲求が嫌で反抗期があって、親離れをしていき、自立するプロセスがあるのです。

20歳を超えて、親に文句があるなら、とっとと自立することをオススメします。

文句を言っているということは、自分に責任がないポジションにいるということです。

責任がないと自由もありません。

 

自立するとは自由を獲得することでもあります。

時間の自由、行きたいところへ行く自由、住みたいところに住む自由、買いたいものを変える自由、何もしない自由、言いたいことを言える自由、好きな服を着る自由、好きな人と共にいる自由、好きな仕事をする自由、感謝する自由、感情を表現する自由、対等に人と付き合える自由、人を応援する自由、人から応援される自由、人生を楽しむ自由・・・

 

自立した後に、また親を頼ることも自由です。

時にはそれが必要な場合もあります。

お互いの合意が必要ですが。それが対等というもの。

 

親に頭を下げさせてはいけません。

子が親に頭を下げるのです。

命の流れにおいて、どうも深層心理の世界では順列があるようなのです。

 

子供は親にやってもらって当たり前だと思っている場合が大半でしょう。

当たり前ではないのです。

自立した大人の場合、親に頭を下げてお願いすることが大切です。

もし、頭を下げられないなら、何か大きなテーマがそこにあるということです。

精神的に自立できない何かがあるのです。

 

親から自立をして対等の関係になること。

大きなテーマです。

これが解決していないと様々な分野で問題が起きます。

感情的にニュートラルに両親と向き合うこと。

目指す意義があることです。

 

自分の頭で考えることも重要です。

他人の意見を聞いてその中から選ぶことは自分の頭で考えていないし、本当の意味で選んではいません。

自分の頭で考えることも自立の一歩です。

 

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期限を決めて全力でやってみる

何かにチャレンジする時には、期限を決めるといい。

それは時間を味方につけること。

どんなことでも未来永劫続くと思うと嫌になることがあるのです。

 

メンタルトレーナー上田正敏です。

叶えたい夢がある時。

期限を決めるといい。

予定になるから。

 

やってみようか迷っている時。

期限を決めるといい。

その期間、全力を尽くせるから。

 

できるかできないかを考える必要はありません。

結果が重要なのではありません。

今ここで、自分で決めるということです。

決めたらやるというシンプルなことです。

 

もし、決めてやらないから、それは決めていないということです。

決めていない自分を責める必要はありません。

決めていると思い込んでいる自分を見つめるだけです。

決めるということがどういうことか知ることが大切になります。

 

決めたらやるのです。

やってダメなら、違う方法を考えてやるだけです。

 

もし、やれないならそれは選択をしていないだけなのです。

決めた途端に動き出すのが体です。

頭で決めた気になっているだけだと、体は動きません。

意思で決めると、体は動きます。

 

どうしても動けないなら、進む未来を変えたらいい。

それは決めた期限が終わってからでもいいのだ。

自分で決めること。

大事なことはこれだけかもしれないな。

 

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自分に続けられることを見つけること

前回の罪悪感のテーマのブログに反響がたくさんありました。

罪悪感から行動するのではなく、好きな気持ちから行動することが大切だということです。

それだけではダメだという人もいますが、僕はそう思っていません。

 

メンタルトレーナー上田正敏です。

罪悪感で人を動かそうとするのではなく、ワクワクする気持ちで自分自身が動き出すことが大切です。

 

人は罰せられることを避けるために様々なシステムが構築されています。

法律、警察、裁判、刑務所などは社会的に多くの人が安心して暮らせるように作られています。

これは恐怖を使ったコントロールの方法です。

 

もちろん少数派の人や時代に合わないというものは、変わっていくものがルールです。

ルールに縛られる日本人、ルールを変えていくアメリカ人という話があります。

社会的なルールは守ることは大切ですが、違うものは違うと主張して変えることも大切なことです。

 

行動する時に大切なのは継続です。

自分に合わなければすぐに変える。

自分に合うかは続けないとわからないので続ける。

2つの考え方はどちらも正しいです。

 

どちらを採用するかは、自分で決めることが大切です。

自分で決めないと、他人や社会の自分以外の何かを理由にして逃げ道を作るようなものです。

自分で決めなければ自分で責任をとることはありません。

 

責任とは、自分が起こしたどんな結果であろうとも、自分が行動をしていくことです。

この時に自分自身を責めたり、誰かを責めたりするのは違います。

これは何の解決にもなりません。

 

自分が決めて、自分で行動し、状況が変わる。

その状況が変わったら自分で選択し、また自分で行動を続けていくことが大事なことです。

 

他の人は親切でいろんなこと言ってくれます。

答えは無限にあります。

それぞれの人の正解だと思っていることはアドバイスしてくれますが、今の自分の状況に合っているかはわかりません。

人生のステージでアドバイスというものはまるっきり逆になることがあるからです。

「がんばれ!」というステージもあるし、「がんばるな!」というステージもあるし、「自分でやれ!」「誰かを頼れ!」と違うアドバイスになったりもします。

 

自分の感性でワクワクするものを見つけたら、それを意識して継続すること。

どうしたら継続できるのかを自分の頭で考えることも重要です。

違うと思ったら思い切って辞めることも大切なことになります。

 

たくさんの時間やお金を使っていると、辞めることが難しくなるかもしれませんが、それまでの経験はまた違ったところで役立つことになります。

僕自身も高校時代に理系の道を選び、大学院まで進学し、企業の研究所に入り、それまでの15年を捨てて、全く違う分野で起業しました。

起業した時には人生の半分を投資していたことだったのだけれど、自分の感性を信じて行動に移しました。

今でも理系の道に進んだことはとても役立っています。

後ろを振り返っても無駄はないんだなと実感しています。

 

続けるということは動き続けること。

辞めたとしても違うものを選び動き続けること。

 

時には休むことも必要かもしれません。

立ち止まらないと考えられないこともありますから。

 

自分が続けられるものを見つけましょう。

続けてみると面白いことが見つかるかもしれませんよ。

今ここから、いつでもスタートです。

 

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人体展@国立科学博物館

NHKスペシャルでもシリーズで放送されている「人体」

それと連動して、上野の国立科学博物館特別展「人体 ー神秘への挑戦ー」(2018.3.13〜6.17)が開催されています。

ナチュラルメディカルカレッジ教授陣と展示を見て、対話をしてきました。

学びを深めるために、対話は不可欠ですね。

 

メンタルトレーナー上田正敏です。

東洋医学では臓器同士が関係しあっていることはわかっていたけれど、西洋医学でも証明されてきたのが臓器同士の会話です。

血液を通して伝達物質で複雑に会話をしているということが科学的にわかってきています。

それまでの科学では、脳がすべての指令伝達をしていたと考えられてきました。

脳が特別視されていたけれど、体の重要さにもう一度注目する機運がでてきました。

僕自身は細胞同士も会話をしていると思っていますので、それも科学的に証明される日が来ることを楽しみにしています。

意識がどこから生まれるのかも、わかる日がくるのでしょうか。

 

僕が今回の展示でベスト3にあげるのは

  1. ネットワークシンフォニー
  2. ホムンクルスの人形
  3. 見ている親子連れ

です。

 

ネットワークシンフォニーはこれ。

この部屋を体験するだけのために訪れてもいいくらい。

感覚的に臓器同士の会話がわかります。

映像と音が体感できる展示に感動しました。

感じる展示です。

 

他の展示は、昔ながらある科学の展示で、並べてあるだけ感が否めませんでした。

未来館並みに体感できる展示を体験してしまうと、臓器のレプリカに触れたり、子宮の中を体験できたり、顕微鏡をのぞけたり、体験型を求めてしまう自分がいました。

人体は生きていることに価値があるということ。

死んだものの展示ではなく、生きて動いているものが見たいということ。

映像ももっと見たいですね。

 

芸術と科学の融合した展示であるネットワークシンフォニーに大満足です。

 

2つ目は、ホモンクルスの人形が欲しくなりました。

運動野と感覚野で人が感じる割合が違うというもの。

これが今回のために作られたのか可愛い感じで見やすいものでした。

なぜ、海洋堂で作らないのか?

なぜ、ミュージアムショップでこのガチャガチャがないのか?

という不満までに発展しました。

立体物を手で触りたいですね。

 

 

3つ目は親子の会話です。

「うるさくしていると、おにいさんが来るよ。」

「ちゃんと解説を読みなさい。」

「何しているの?これテストにでるからね。」

「臓器って、こんな色しているんだね。あっ死んだからか。」

春休みに入ったからでしょうか。

子供連れのお母さんが多かったです。

 

子供の教育のためにと思って連れてきた人なのかな。

トンチンカンなことを言っていたり、子供にずっと怒っていたり、している人が目につきました。

臓器の会話のようにやかましいのが印象的でした。

 

中には母親がこういう展示が好きで来ている人がいて、楽しそうに子供に話をしていました。

僕も勉強になるくらい耳をすませて聞いてしまうくらいだったのです。

 

僕が子供時代に親がよく上野の博物館、美術館、動物園に連れていってもらった記憶があります。

自分の中で衝撃を受けたのはピカソの絵。

大人なのに子供みたいな絵なんだけど妙にひきつけられるとかね。

あとは昆虫が大好きでずっと見ていた記憶があります。

科学館はやっぱり恐竜が好きでしたね。

親にどうこう言われた記憶はないのです。

ただ面白くてみていたような気がしています。

忘れているだけかもしれないけどね。

 

理科が好きで、理系に進み、理工学部で学び、対象が人間に変わるも科学的なことは大好きです。

子供の頃の好奇心は変わらずにあります。

子供の好奇心を奪われませんようにと願ってしまいました。

というより、俺が怒られているみたいで不愉快だったわ(笑)

 

人体展は子供につまらないかもしれない内容でした。

説明が難しすぎて、専門家向けの展示内容だと思ったからです。

学校で学んでいる人たちにはとても役立つ内容かと思います。

 

いかん。クレームになってる(笑)

 

デートで来ているのでしょうか。

男性が一生懸命に語っていて、興味なさそうな女性のカップルを微笑ましく見たりも。

 

こういったところに来ると、来ている人を観察するのが面白いです。

人体よりも人の振る舞いに興味を持っている自分に気づきました。

人はやっぱり面白い。

 

入った時には4人一緒。

途中は興味のままバラバラに。

うちの奥さんと途中で自然と合流し、最初にフィニッシュ。

カフェでコーヒーを飲んでゆるりと待ちます。

次にナチュラルメディカル高崎の福田院長。

最後にスマイルアップ整体院の中山院長。

体への興味がある人の順序ででてきました。

粘る人のほうが飽くなき興味があるでしょうね。

上野といえば精養軒でしょう。

ここで桜と不忍の池を見ながら対話ランチ会です。

上野はどこもかしこもシャンシャン祭りですね。

4人がそれぞれ興味に焦点が違うし、理解している深さが違います。

それぞれの学びあいが起きた時間でした。

 

「はぁ、そんなことがあるんだ。」

「ひぇ、それ見逃したわ。」

「ふぅ、あれね、確かにあれ面白かったね。」

「へぇ、そういうふうに解釈するんだ。」

「ほぉ、そんなことがわかっているんだね。」

 

それぞれがそれぞれのプロフェッショナル。

僕たちが特別なわけではありません。

それぞれの得意分野や専門分野からの言葉は叡智にあふれています。

生きた学びなんですね。

同じものを見ても、人それぞれ感じ方が違います。

なるほどが多い時間でした。

 

贅沢な時間でした。

みんな、ありがとう!

 

博物館、美術館、動物園、映画、景色・・・

共有体験した後に対話するのオススメです!

 

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3月11日

7年前のことを思い出そうとして、記憶が曖昧になっていることに気づく。

人の記憶は思い出すたびに変わると言われていますが、忘れることは人には必要なことなのかもしれません。

ふと思ったことを書いておこうかと。

 

メンタルトレーナー上田正敏です。

7年前の今日はインフルエンザでひとり寝込んでいました。

熱は下がってきていたのに、グラグラと揺れているので熱がまた上がったのかと思いました。

いや、それにしては周りが騒がしいと思い、揺れていた机を支えました。

そして揺れが収まると何事もないように眠りにつきました。

 

そしてウトウトとしているうちに、うちの奥さんは隣駅の歯医者に行っていたなと思って、電話をする。

通じない。

まぁ、隣駅だし帰ってこれるだろうと眠りにつく。

 

そしてまたウトウトとしているうちに、うちの親父はどうしているのかと思って電話をする。

通じない。

まぁ、大丈夫だろうと眠りにつく。

 

親父は整体にでかけていて帰宅難民になってた。

公衆電話に並んで電話をしてくれた。

電車が動いていないので体育館だかかなんかの施設に泊まったらしい。

 

夜になって祖母は大丈夫だったのかと心配になった。

何回か電話をして、数日後に大丈夫だったと連絡がついた。

瓦が全部落ちちゃって大変だったみたいだけど。

 

心にショックなことがあると、人は自分の身の安全を第一にするのだろう。

自分のことだけしか考えられなかった。

 

余裕がでてくると、少しずつ周りが見えてくる。

身近な人たちの安否が気になってきたのだ。

それも時間の経過と共に少しずつ。

 

明後日に演劇ワークショップの発表会があった。

青年団の演劇入門という1年カルチャーセンターに通った成果発表でもある。

そこにも参加する人、参加しない人、様々な考え方があった。

参加希望者だけで発表会が行われた。

ひとつの目標があったからこそ正気を保てていたのかもしれない。

まだ体調は万全ではなかったものの参加できて良かったと今は思っている。

 

義理の両親が仙台に住んでいて、昨年ようやく訪れることができた。

そして、今年に入ってから盛岡にも行けることができた。

自分でも驚くほど、それができたことが嬉しい。

まだ直接的なことは何もできていないかもしれないが、少しずつ何かできるようになっていくのだろう。

そんなことを思った今日1日。

 

 

未来になんて興味はない

久々に号泣しました。

自分の中の大切なもののひとつが癒されました。

うちの奥さんはセラピストのセラピストと呼ばれて、カウンセラーからヒーラー、霊媒師さんまで人から相談を受けて癒す仕事をしているに人気があるセラピストです。

彼女と話しをしていて、グッと深い対話の瞬間が訪れたのです。

 

メンタルトレーナー上田正敏です。

泣くという行為はとても気持ちが良いものです。

特に自分の琴線にふれた涙は感動的です。

感情も本当に感じたなら一瞬で号泣して、一瞬で元に戻ります。

号泣もハンパないです。嗚咽がでちゃうのです。

封印していた感情が解放されるからでしょうか。

 

感情が長引くのは感情に感情が反応している時に起こります。

これは真に癒されるまで続きます。

癒されたならもうその感情に振り回されることはありません。

もちろん無意識なところの部分なので、実生活にどのように影響を与えるかは無限の可能性があります。

今回の場合も自分がどうなるのか楽しみな部分があります。

 

何があったのかというと・・・

 

うちの奥様と未来について話をしていたのです。

僕は未来を思い描くのが苦手です。

その話をしているうちに「なぜ苦手なのか?」という話になった時に、一瞬でその理由がわかったのです。

もうそうしたら、涙があふれだしたのです。

その理由を口にだしているうちに、言葉にならなくなり、嗚咽になってしまったのです。

もう二人で涙涙ですよ。共感の嵐ですよ。

 

理由は、うちの母親の病気。

僕が小学校に入る直前に、余命3ヶ月の診断を受け、その後も数年の命だとか、いつどうなるかわからない状態でした。

いつも「お母さんが健康になりますように。少しでも長生きしますように。」と神社などで拝む時にはお願いしていました。

僕にとって未来は「ほんの少し」なのです。

平和な明日が来ることだけを望んでいた少年時代、青年時代だったのです。

長期のビジョンなんてものはありません。

それよりも今この瞬間に生きていることが大切なのです。

 

母が亡くなって二十数年経ちます。

それでも大きな影響を僕に与えていたのです。

今は、その時に自分に「えらかったね。それはいつも怖かったよね。がんばってたね。」と言ってあげたいですね。

子供の頃に育った環境って大きいですね。

 

さて、はたして僕自身が、未来に興味を持ったでしょうか?

それは今はよくわかりません。

人生で大きな感情が流れ去っていった瞬間のベスト5に入りました。

 

心が揺さぶられる感動をあと何回味わえるのだろうか。

その度に進化している自分を感じます。

 

この感動を多くの人に体験してもらいたいなと思います。

幸せと豊かさは確実にやってきます。

成功ではなく豊かさ。

恵まれているな俺。奥さんの名前は恵子だしね。

パートナーシップを大事にしよう。

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