自己責任モデルが重要なのか?


ブラック企業問題で、自己責任論を否定する人もいます。




すべてが個人の責任なのか、会社や社会の責任ではないのか、と言われます。




確かにそうだと思います。







それでも僕は自己責任が大切だと思っています。







自己責任が100%、社会的責任が100%ということはありません。




どちらが正しいという対立軸を作るのは不毛です。




だって、どちらも正しいから。







自助・共助・公助の3つのバランスが大切だと僕は思います。




自分で自分を助けるということ、周りの人たちが助けるということ、国が助けるということ。




この3つが必要不可欠だと思っています。







国や企業が悪いと攻めるのは簡単です。




感情的に誰かのせいにしたい時には権力者の責任にするのが一番簡単な方法です。




この発言をしている人は、自助と共助をしているのかを一度考えてみるのもいいかもしれません。




自分で自分を助けているのか?




周りの人たちに助けを求めているのか?







僕が某スクールでカヤックを漕いで川下りをしていた時のことです。




インストラクターの人が、「あの障害物の左側を通って下さい。」と指示を受けました。




僕の力量では左側に行ける気がしていなかったので、右側を通りたいと思ったのですが、指示に従って右側を通ろうと思いました。




案の定、障害物に引っかかりまして・・・




死にそうな目に遭いました。




インストラクターの人が助けることはできずに、自分でなんとか脱出したのです。







この経験から、最後には誰も助けてはくれない。




自分の責任でなんとかしなければならないということを学びました。




他人の言うことに従うと決めたのは自分なので、これも自己責任ではあるのですが、その判断も自分自身がすることが大切になります。




自分で考えて自分で判断して自分で行動することが大切です。




特に命がかかっている時には、自分の判断が大切になります。




誰も責任をとってくれる人はいないのです。




自分で責任をとるしかないのですから。







ブラック企業問題で大切なのは、自己責任で逃げることです。




もちろん逃げることを選択することは自分の判断になります。




自分自身の健康を害する前に逃げること。




会社が悪いとか、上司が悪いとか、国の制度が悪いとか、他者を批判しているうちに状況が悪化していくことがあります。




完全退職マニュアルというのを見つけました。




企業を辞めるって自由なのです。




法律上はペナルティはありません。







僕がセラピストで相談にのった経験上、自分を縛っているのは思い込みです。




しがらみも思い込みのひとつです。




自分の命以上に大切なものはないと思っています。







いつでも自分で選択できる。







これが理想の状態であり、自己責任モデルの形です。




他人は変えられないが自分は変えられるということです。




自分が変わることで他人が変わることもありますが、期待すれば裏切られるだけですからね。







自己責任が基本であり、その上で、共助や公助があるといいなと思います。




共助は、助けてもらうだけでなく、助けることも大切です。




助けることは能動的なので必ずできます。




助けをお願いするのはできますが、相手が助けてくれるかは相手の選択もあります。







公助について調べることも大切です。




もし公助のシステムがないなら、それを変えていくことも重要かもしれません。




これは政治的な力が必要になり、時間もエネルギーもかかることです。







そのために自分自身が行動することも自己責任になっていきます。








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ボヘミアンラプソディ


映画ボヘミアンラプソディ。ようやく見てきました。




感想は、ただただ感動です。




ラストのライブエイドに向けて、すべての物語が伏線として作り込まれています。




また、それがクイーンの楽曲に会うんだな。




映像、音楽、シナリオ、演出が素晴らしく、涙腺が崩壊するようにできています。




僕は、微妙にクイーン世代とはずれているんだけど、ベスト盤のCD持っていたりするくらいのファンです。







映画の冒頭のSomebody to Loveから涙があふれそうでした。




誰かから愛されているか。誰を愛するのか。そんな問いからスタートしました。







タイトルでもあり楽曲のであるボヘミアンラプソティ。




このオープニングがとても哲学的なのです。




Is this the real life?
Is this just fantasy?




これは現実なのか?それとも空想なのか?




と、人間の認知とは何かを問いかけてきます。




Open your eyes
Look up to the skies and see




目を開いて、空を見上げてごらん。




と、よく今ここで起きている現実を見ろと言ってきます。




Anyway the wind blows, doesn’t really matter to me, to me




風が吹いている。




と、行く川の流れは絶えずして・・・と世の中は常に変化していく無常を問いかけていきます。







僕のメンターであるゴードンから「本当の現実とは何か?」と問いかけてくるワークを4日間受けたことがあります。




そこでの理解は「現実は人の数だけあり、すべてが幻想である」ということ。




真実は自分の中にしかない。それは相手の真実ではないかもしれない。




衝撃を受けたことを思い出しました。







フレディって彼の人生を通じて多くのことを突き詰めていった人ではないかなと。




僕は誰もがマイノリティだと思っています。




わかりやすいマイノリティの人もいれば、わかりずらいマイノリティの人もいる。




僕は、本当の問題は、このわかりずらいマイノリティにあると思うのです。




実際に生きづらさを感じている人は、いわゆる普通の人たちです。




特別な人だったり、特種な人の問題だけではないということです。







映画ではセクシャリティとして表現されています。




セクシャリティのテーマは、僕のメンターであるダニエルから教わったことは、ボディタイプ、ジェンダー、性的好みがテーマになります。




ボディタイプは、体の構造です。それによる性別。




ジェンダーは、考え方の問題。常識とかステレオタイプ、思い込みや信じ込み。




性的好みは、何が好きかという個人の好みの問題。好きな食べ物は何?と同じことです。







セクシャリティの問題って、とてもデリケートであり複雑です。




関係性の中でも男女関係がややこしいのはセクシャリティが関係しているから。







また、もうひとつややこしい関係性もあります。




それは親子関係です。




これも複雑な問題です。







セクシャリティや親子関係を超えるのは、フレディも言っていた「フレンド」です。




自分で選んだ人が友人です。




正確にいうと映画ではセクシャリティが入っていたんだけどね。友人にセクシャリティが入ったものが恋人です。今はこれには目をつぶります。







フレンド・・・友人ってとても大切なんです。




なぜなら意識的に選べるから。




学生時代は選べない人も多かったかもしれません。




大人になってもしがらみに囚われている人は、本当の友人って何だと思っている人もいるかもしれません。




友人は選べるのです。




付き合うのも別れるのも自由です。







ライブで自分の居場所を見つけたフレディ。




彼にとって観客もフレンドだったのでしょう。




ライブの最後には、Don’t stop me nowです。




さらにその後に、show must go on。







ショーはスタートしたら終わるまで続けるべきなのです。




この世に生まれたら死ぬまで、死ぬまで続けるしかないのです。




コンプレックスはあるかもしれません。それでも・・・




人を愛することはもちろん、物も愛し、行動も愛することが大切です。




つまり、自分が好きな人やことやものに囲まれているということ。




それを追求するのが人生というものなのだと映画から学びました。







ボヘミアンラプソディ。これは映画館で見たもらいたい映画です。




音響がいいところで、良い席で見るのがオススメ。ど真ん中の席がいいです。







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好きを仕事にできない1つの理由

好きなことを仕事にしたい。

好奇心を持って仕事に取り組みたい。

自分に合った働き方をしたい。

遊び心を仕事に取り入れたい。

公私ともに充実させたい。

満足できる仕事がしたい。

 

よく個人セッションで、そんな相談を受けます。

 

このようなテーマを持っている人たちに共通の問題点があります。

それは・・・

 

ガマンをしているということ。

 

言葉を変えていうと

 

禁止をしているということ。

  1. 自分が自分自身に禁止をしている。
  2. 誰かから禁止されている。
  3. 誰かに禁止している。
という3つの禁止のパターンがあります。

 

何を禁止しているかは人それぞれです。

例えば
  • 好きなことをしてはいけない。
  • まず嫌なことをしてから、好きなことをしなさい。
  • ルールなんだから守れよ。
いろんな禁止があります。

禁止をするということは、ガマンをすることなんです。

 

このガマンが自分が好きなことをする障害になります。

 

今この時代の日本では職業選択は自由です。

個人が自分の意思で、自由に選んでい良いということになっています。

 

歴史をみると、親や家の仕事を引き継がなければならない。

世界をみると、国が与えた仕事をしなければならない。

選択の自由が奪われていることもあるのです。

 

でも、現代の日本でも好きに選んではいけないと信じていることがあるのです。

ガマンをしすぎていると、自分が何が好きなのかさえわからなくなることがあります。

ガマンをしすぎて、それにエネルギーを奪われ、何もする気力がわかないということもあります。

 

なぜ、このようになっているのかは、自分自身で気づくことは難しい場合があります。

セッションを受けられた方は、目からウロコが落ちたり、笑いが止まらなくなったり、唖然としすぎて言葉がでなくなったり、涙が止まらなくなったりすることがあります。

これは本当の自分に気づいたサインです。

 

ガマンをした先に幸せがある。

 

そう信じている人もいます。

本当にそうでしょうか?

親や先生にそう言われて信じてしまったという人もいるでしょう。

ガマンをしたことで得をしたことがある人もいるかもしれません。

 

言葉でいうことは簡単です。

 

ガマンを止めろ!

 

では、言葉を聞いて、この振る舞いを辞めることができるでしょうか?

できたら誰も苦労はしません。

その人が持ち続けている考え方や感じ方が大きく影響をしています。

 

すぐにできる人から時間がかかる人まで、様々な人がいます。

自分のペースで解決していくことが大切なのです。

 

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心のあり方を変えたい人はマインドメイクに

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指輪物語

先日の登山の最中に大事件がありました。

名付けて指輪物語。



僕の左手です。薬指の付け根の形が変形しています。

えぇ、結婚指輪がなくなったのです。

突如、魔法のように消えたとしか思えませんでした。

 

山から降りて、御嶽の渓谷を散策している時に気づきました。

 

僕の頭の中は緊急事態です。

その時の反応は

「奥さんに怒られる。」

ということが真っ先に浮かびました。

 

次に

「なんとかして誤魔化さないといけない。」

という思考が現れて、

「どうしよう?どんな嘘をつこうか?」

という問いが頭をグルグルと回ります。

 

これはストレス反応で、リアクトしたと僕たちは呼んでいます。

リアクトとは自動反応ですね。

体や心が緊急事態の時に、防衛反応としてでるものです。

自分で選択をした思考や行動ではなく、自動的に反応するものです。

 

このリアクトしたのですが、

「ん!何かおかしい?これはリアクトではないか?」

と気づいたのです。

 

リアクトしたと気づけたら、深呼吸をして落ち着くことが大切です。

「本当のことはなんだろう?」

と自分に問いかけます。

 

まず、

「うちの奥さんは、指輪を無くしたことくらいでは怒らない。」

と冷静に考えました。なぜなら、

「器が大きい人。」

だからです。

 

「なぜ、怒られると思っただろう?」

と考えたら

「旦那が指輪をなくして妻に叱られるという話を何度も聞いたことあるから。」

という世の中の思い込みを刷り込まれていることに気づきました。

 

さらに気づきを深めて

「怒られる時に、なぜ嘘をついて誤魔化そうするのか?」

と考えると

「子供の頃に、お母さんに物をなくして怒られたから!」

ということを思い出しました。

 

うちの奥さまと、母親は別人です。

ただ、脳内の反応は自動反応なので、女性ということに反応しているのです。

ストレスフルな状態なので、区別がついていないのです。

「また怒られるんじゃないか。」

と未来に恐怖を感じると

「嘘をつく。」

という振る舞いをするというパターンがあることに気づきました。

 

この反応パターンを手放すことを選びました。

 

で、うちの奥さんに正直にLINEしたのです。



夫:「指輪がない、、、」

妻:「えー!」

シンプルな反応でした。

 

そうしたらさらに冷静に物事を考えることができて、

「どこで失くしたのだろう?」

と自分に対して問いを立てました。

「着替える時にザックの中に落としたのかも。」

という答えがでてきました。

 

えぇ、指輪を作った時によりも痩せて、ゆるゆるなので、荷物を取ろうとした時に抜け落ちたのではないかと仮説を立てました。

で、家に帰ってザックから荷物をだして、逆さまにひっくり返したら、

「コロコロ、チャリーン!」

と音がして確かめたら指輪でした。



「あった!」

ほっとしました。

 

で、さらに気づきは深まります。

 

指輪を失くして、奥さんに怒られるのが嫌だったのではないのです。

僕自身がこの指輪を失うことに恐れていたのです。

とても大切な思い出が詰まっているから。

その思い出までもが失くなってしまうと思っていたからなのです。

 

指輪は象徴に過ぎません。

二人の絆は変わることはないのです。

自分がこんなにもロマンティストだとは思ってもみませんでした。

 

繊細な自分を認めよう。ロマンティストな自分を受け入れよう。

そう新たに選択をしました。

 

後日談。このブログを書きながらうちの奥さんと話をしたら、

「もし、失くしても、欲しかったら買えばいいじゃない。

 ついでに私の指輪も買ってね。(笑顔)」

とのこと。

勝てませんわ。

 

心のことを学んでいるからこそ、心の仕組みがわかり、対処する方法も知っているのです。

ネガティブなパターンを手放して、クリエイティブに選択できる自分であると楽ですね。

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ソロハイク@雲取山1泊2日

1泊2日で雲取山にソロハイクに行きました。

前回のソロハイクは屋久島の宮之浦岳縦走2泊3日だったから、20年ぶりです。

雲取山も高校のワンゲルで登った以来だから30年ぶりです。



1年前にウルトラライトハイクなるものを知り、少しずつ道具を揃えて、体重を落とし、体力もアップしつつ、今年は久々にテント泊で山に登りたいと計画を立て、天候や体調の関係でリスケになっていました。

やりたいと思ったことは今年中にしなければ、これから本格的に冬になると手強くなるので、このギリギリのタイミングで行ってきました。



道具とは進化するもので、ベースウェイトが4.01kgですよ。

食料や水を入れて6kg以下。

20年前だったら20kgを普通に担いで登っていました。

あまりにも軽くて忘れ物があるんじゃないかと心配で夜も眠れないくらいでした。



始発電車で奥多摩まで。バスに乗って留浦まで。歩いて鴨沢から登山道に入りました。

ずっと登りで高度を稼いでいると、トレランシューズを履いたおばさま方に抜かれていきました。

妙齢の方のタフさには驚かされます。



雲取山まで登り、奥多摩小屋に引き返してテント泊。



帰りは奥多摩まで石尾根を降りようと計画していたけれど、ちょっとつらかったので、ピストンで鴨沢まで降りることをこの時点で決めました。



3連休明けというのに登山ブームはまだ続いているでしょうか。

途中、多くのハイカーたちに出会いました。奥多摩小屋にもテント10張りくらいあったし。

平日とは思えないほど、人がいたのに驚かされました。



高尾を歩いてる時には他の登山者と話す機会はないのですが、今回なぜか話しかけたり、話しかけられたりする機会がありました。

話をしていると山の楽しみ方は多様化していますね。

ただテントを張ってみたかったとか、この装備を試してみたかったとか、それぞれが楽しんでいるのがいい感じでした。

高校の時にはコースタイムにいかに勝つのかが課題であったり、なるべく高い山に登りたいとか、無意識でいると競争になっている自分がいたりして。

競争は好きではないのに、いつの間にか競争してしまうというジレンマに苦笑です。

肩の力を抜いて楽しめばいいんだと当たり前のことを思い出しました。



テント泊では、ツエルトという簡易テントを使いました。

荷物を軽くするULハイクの定番です。

普通のテントよりも圧倒的に軽くて、居住性は多少落ちると言われていますが、なかなかの快適性でした。

ファイントラックいいです。



シュラフは春夏秋スリーシーズンのモンベルバロウバック#3。

たまたま隣になったロングハイクにはまっているという人に心配されました。

まぁ、これしかないからね(笑)

モンベルスペリオダウンジャケットとダウンパンツがあるから平気かなと。

インナーはモンベルジオラインの薄手の長袖とタイツを。

これに寝袋と20年前に買ったICIオリジナルのゴアのシュラフカバー。

道具を揃えたい時にはモンベルは神みたいなものですね。



実際には、ほぼ快適だったんだけど、足だけが寒すぎて辛かったです。

ウールの靴下が失敗だったかな。

気温を見ると0度でした。

そこで、貼るタイプのホカロンを足裏に貼ると、なんとかなりました。

ほんと体重を落としてから冷え性になりました。

ここは筋トレして基礎代謝をあげたらいいのかもしれません。

寒さ対策にはダウンのフットウォーマーやメリノウール製品もいいのかなと思ったり。



道具は実際に自分の体で試して、最適を探っていかないとダメですね。

一通り道具を揃えるのはモンベルでいいのではないかと。

それから自分に合わせて道具を変えていくといいのかな。



ウェアはユニクロが使えます。

ヘビーに道具を使う冒険教育のプロから聞いた方法です。

雨具と靴だけはいいのを選ぶと良いとも教わりました。



軽さを求めていくと、ガレージブランドが多くて高いんだよね。

しかもオシャレでカッコよく見えるんだよなぁこれが。

道具は凝り始めると色々と欲しくなりますね。



鴨沢の駐車場でバスの時間を調べると走らないと間に合わない判明。

気合いを入れて走りました。

 

すると前方10m先に動物が谷に逃げるのが見えました。

下半身しか見えませんでした。

足が短いので、鹿ではない。もしかして熊!?

まじかと思いながらも走る速度は落とさず、通り過ぎる瞬間に谷を見ると、今度は谷底にさらに逃げるまん丸なお尻が。

しかも犬のような豚のような不思議な鳴き声と共に。

 

ずっと熊だと思っていたのですが、毛の色が茶色だったんです。

そうするとヒグマになっちゃうし、本州にはいないし。

イノシシだったのかもしれません。

 

熊に襲われても、猪に襲われても、どちらも命を賭けることになります。

逃げてくれてよかったわぁ。



で、バスは鴨沢には来ないものでした。しかも次のバスまで2時間待ち。

留浦にはあと10分で来るというので、また走ろうとしますが、もう疲れちゃって早歩きで向かいます。

そうしたら、バスは3分前に出発していたという・・・

 

さらに調べるとさらに先の峰谷橋に30分後にバスが来るという。

ギリギリな時間なので、早歩きで頑張って進みます。

バス停に3分前にようやくついたらバスの時刻表には記載がない。

ネット情報にはあるのに。

頭の中には、なぜか、We are the Campionが流れて・・・

 

呆然としていたら、クラクションが鳴っていて、振り返ったらバスが!

峰谷から来るバスの停留所が違うものだったのですね。

運転手さんにただただ感謝だったのですが、バス会社も大概にせいよと言いたい。



予定よりも早く帰れるので、御嶽駅で途中下車。

来年やる予定のパックラフトのための川のスカウティングです。



沢井駅まで歩いて川を見ていたんだけど、高校生の時にボルダリングが日本に入ってきたばかりの頃に、登った岩があって、そこに今流行りのボルダリングをしている若者がうじゃうじゃと岩に取り付いていました。

岩には人が群がっている不思議な世界。ロッククライミング界始まって以来のブームが来ているのか、平日の昼間から人だらけです。

カヤックの人は一人だけでした。

昔、野宿したポイントもあり、懐かしい気持ちでいっぱいです。



また、気楽に山を楽しもうと思いましたとさ。

ロングハイク、ウルトラライトハイク、ソロハイク、冒険教育のツールとしてのハイクもいいかもしれません。



今年のうちにやっておきたいことはこれでできたかな。

仕事をもっとしたいと思った一人の時間でした。



5時には暗くなり、すぐにご飯を食べて寝袋に潜り込み、明るくなる6時頃まで寝袋の中で一人で過ごす。

内省する時間になりました。

スマホは圏外だし、kindleで本も読む気にならず。

ラジオがあったら良かったかな。

ソロハイク、オススメです。



山レコでの記録はこちら
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-1664811.html

 

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リーダーシップは誰もが持っている

リーダーシップについて感じて、考えて、実践する機会がありました。

僕にとってリーダーシップもライフワークのテーマのひとつです。

僕がリーダーシップをとるというのではなく、グループの一員としてリーダー役をリーダーにするという試みをしました。

 

メンタルトレーナー上田正敏です。

「役割が人を育てる」という言葉がありますが、これは嘘です。

例えば、リーダーという役割を与えられても、リーダーにはならないんだという経験をしました。

その原因は、本人にリーダーの自覚がないということだという仮説を立てました。

 

だって、リーダーなのに、グループに全く意識を向けていないで、自分の内側を見ているだけなのだもの。

そうすると面白いもので、グループのリーダーの質を持った人が代わりにリーダーシップを発揮します。

リーダーになった人は、実質的にリーダーの座から降ろされることになります。

 

誰がリーダーかを見る時には、依存的な人を見ているとよくわかります。

依存的な人は、誰に頼るかを本能的に知っています。

リーダーには依存をしますが、リーダーではない人には依存しません。

その代わりに何をするのかと言えば、なめた振る舞いをします。

つまり、リーダーの言うことを無視するということです。

 

自立している人は、自分を律することができるので、リーダーの振る舞いや態度によって、自分の振る舞いを変えることはありません。

むしろ協力的な振る舞いをします。

ステキなあり方をしています。

 

動物の群れを見るとよくわかります。

群れはリーダーがいるから成り立ちます。

そして順位づけをしていて群れは統率されます。

群れのリーダーをアルファという呼び方があるのですが、このアルファ気質を持っている個体がリーダーになります。

犬の世界では、このアルファ気質を持っている個体は少ないそうです。

人間に飼いならされた家畜の側面があるからです。

人間がアルファの存在であることで犬は落ちつくそうです。

犬がアルファだと勘違いすると、関係性が崩壊してしまうのです。

 

人間にもアルファ気質が強い人はもちろんいます。

リーダーが似合う人はいるのです。

僕は人はすべての要素を持っていると思っています。

つまりマザーテレサからヒットラーまで、様々な気質を持っていると考えています。

なぜなら人は演じることができるから。

 

もちろん、リーダー気質が強い人と弱い人はいるけれど、全く資質がない人はいません。

 

僕のこの仮説が本当なのか、色々と試してみました。

 

リーダーの自覚があるのか、それともないのかを観察していると、全くないので、自覚は本人の選択によるものだという結論になりました。

外部からはどうすることもできません。

本人の自由意志による選択が自覚を促します。

それには、気づきが必要です。

その気づきが生まれるためには、今までの経験してきた中で、自分がリーダーにはなれないという否定的な思い込みや、リーダーは自分には関係ないと回避している問題を解決する必要があります。

これは本人の意思が必要であり、時間も必要です。

 

リーダーがリーダーの役割をしないので、チームは崩壊気味です。

リーダー気質を持ったフォロワーの人たちのフォローだけでは、統率はとれないものですね。

チームとしての仕事はできるけれど、方向性が定まらない落ち着かない感覚です。

一貫性や高潔さがないのです。

 

リーダーシップがない人はないという結論をだしてあきらめました。

そうしたらですね、最後の最後に直感的に閃いたのです。

配置だ、と。

 

マインドメイク講座を受けてくれる人はわかることなんだけど、人間関係って距離と方向で現すことができます。

見えない世界を見える化することができるのです。

 

リーダーをリーダの配置にしてみたらどうなるのかと。

最初は、リーダーは一番隅っこみ隠れるようなポジションをとりました。

いやいやそこじゃなくて、真ん中にいきましょうとさりげなく誘導しました。

 

体はブレブレで挙動不審になりセンターから逃げようとしています。

逃げられないように横に着きました。

そうしたら反対側にサブリーダーが自然と立ち、リーダーはリーダーのポジションであるセンターから動けない状態になったのです。

 

そうしたら、いつもはサブリーダーがリーダーのような振る舞いをしていたのですが、一歩引いた振る舞いに変わりました。

そして、リーダーはリーダーの振る舞いをしたのです。

 

本人の自覚も大切ですが、物理的なポジションも重要です。

判断基準である依存的な人たちもリーダーをリーダーとして見ています。

無意識の世界はすごいなと改めて思いますね。

 

舞台を考えるとよくわかります。

カーテンコールで、主役が端っこにいたら気持ち悪いでしょ。

主役はセンターにいるべきなのです。

それが演者も観客も落ち着くポジションなのです。

 

センターにいたら主役になるのです。

無意識的なんだけどね。

あとは真のリーダーになるには自覚が必要かと。

 

リーダーのポジションにいなくても、チームやグループが活性化するためにできることは研究しています。

一参加者でも大きな影響を与えることはできるのです。

これは影のリーダーシップ論になるのだろうか。

ステルス・リーダーシップ。

 

誰もがリーダーになれると確信した経験でした。

 

リーダーシップが欲しい人は、講座や個人セッションへ。

無意識の希望を実現させます。

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皇居勤労奉仕

11月19〜22日まで皇居勤労奉仕に参加させていただきました。

今回で3回目の参加。



平日の4日間すべてに参加することが義務付けられています。

なので、参加する側にも覚悟が必要です。

 

皇居の清掃をすると気持ちが晴れやかになります。

日本人に生まれてきて良かったなと不思議な気持ちになります。

自然と感謝ができる活動です。

 

東京のど真ん中に自然が豊かな場所が守られているのは奇跡のようです。

多くの人に支えられて維持管理されています。

自然との共生ができている太古からのバランスがあるような気がしています。

平成の最後に参加できて嬉しいですね。

ありがとうございます。









もしも、ご縁があれば参加されてはいかがでしょうか。

なるべく体力がある若いうちが特にオススメです。

感謝。


暴君になるのか奴隷になるのか?

2人いれば関係性が生まれます。

この関係性は、無意識のうちに出来上がります。

 

自分の心を整えるマインドメイカー上田正敏です。

人間は群れの動物なので、無意識に上限関係を決めます。

自分が上なのか、それとも下なのか?

これは動物的な本能です。

 

マウンティングという言葉も流行りましたが、これも動物としては自然な振る舞いなのです。

ライオンやチンパンジーの群れをみるとその性質はよくわかります。

 

でも、僕たちは人間です。

本能的な欲求だけでなく、理性的な振る舞いもすることができます。

 

カウンセリングの世界では聞くことが大切です。

人は思っているよりも聞くことができないので、聞くことを学ぶことはとても大切です。

でも、人の話を聞いてばかりいると、勘違いしちゃうのが、人に従わなければならいと思ってしまうこと。

人の話を聞くことと従うことは別です。

人の言うことに従ってしまうのは奴隷です。

聞くという言葉に従うという意味が入っているのが問題なのかも。

 

人の話を聞くことは、受信です。

ずっと受信をしているということは、奴隷になる一歩になります。

 

受信の逆もあるんですよ。

それは何でしょう?

 

発信することです。

発信とは、話すことです。

表現することです。

 

受信だけする人がいるということは、発信するだけの人もいます。

発信するだけの人は暴君です。

相手に対して発信だけるということは命令しているのと同じです。

相手を屈服させて従わせているのです。

 

聞いてだけ、話してだけ、では、奴隷と暴君の関係性しか築けません。

 

受信も発信もしない人もいます。

聞いてもいないし、話してもいない。

これはお互いに不信感があるということです。

安全な関係性だと思っていないということです。

初対面の時には、少しずつ発信をして受信をして相手に知ってもらおうとしたり、相手をわかろうとします。

これが長い付き合いでも、話もしない聞きもしないということをやってしまう場合もあるんですよね。

デッドゾーンに入ってしまっている時です。

 

健全な状態はわかりますか?

受信も発信もすることです。

話もするし、聞きもすることです。

これができる関係性が信頼関係を築けているということなのです。

ダイアログという対話がこれです。

自分の感情、欲求、要求、意欲、価値観などを話して聞くこと。

深いコミュニケーションです。

 

カウンセラーのように聞いてばかりいる人は、何を考えているのかわからないものです。

もちろん聞いてくれるのは嬉しいことですが、相手のことがわからない場合、その人への信頼を築くことが難しいでしょう。

ただ話したい欲求が満たされるだけです。

 

スピーチのように話してばかりいる人は、相手のことを共感することが必要かもしれません。

話してばかりいる人は説得しようとしている人に多いような気がしています。

相手をコントロールしようという人です。

 

自分の気持ちを話して、相手の気持ちを聞くことができる。

これが対等な関係ということになります。

そうでなれば、暴君と奴隷の関係です。

 

健全なコミュニケーションは、健全な関係につながりますね。

 

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中学校でワークショップ

13歳のハローワークマップのファシリテーターとして、付属中学校にワークショップをしてきました。

2時間の中で、自分の好奇心を使った仕事について考える時間です。

 

ワークショップ形式の授業の良い点は、自分の頭で考えるということです。

そして、自分の頭で考えるだけでなく、周りの人たちのマネをしたり、助けを求めてもいいというところ。

いわゆる授業は、知識を先生が生徒に与える形式です。

 

学校教育はテストがあるので、基本が個人戦です。

自分だけの力を評価するのがテスト。

入試も自分の実力だけで挑戦します。

学生時代は個人の時代とも言えます。

 

ところが就職して働くようになるとルールが変わります。

個人戦ではなく団体戦です。

社会人はチームの時代とも言えます。

 

周りの人たちと協力して課題を乗り越えていくことが重要になります。

会社の場合、みんなで仕事をするのが基本になります。

もちろん役割分担をしてということ。

一つの仕事に多くの人が関わります。

ワークショップは、一人ではなく、みんなで考える体験できることが、メリットのひとつです。

 

13歳のハローワークで大切にしているのは「好奇心」。

これはテストの点数で評価ができないものです。

他人と比べるものでもなく、優劣もありません。

人それぞれが違うユニークなもので、多様性に富んだ豊かなものです。

好奇心が違うからこそ、社会が必要であるし、みんな違うから大変なんだけど、面白くもあります。

みんなが好奇心があることをするだけで、社会が回っていくと僕は思っています。

好奇心がないことをする必要はないと思っています。

だって、自分が好奇心がないということは、誰かが好奇心を持っているということだから。

その人にまかせればいいのです。

 

中学生に「好きなことをトコトン追求しよう!」というメッセージを伝えられたと思っています。

 

そう、僕の思い描く理想の世界ができたんです。

夢のひとつが叶ったのです。

大人も子供も対等に学び合う場が出現したのです。

 

学校公開をしていたので、父兄や入学希望者の方が見学にいらしていました。

その人たちを巻き込んで、学び合う場ができたのです。

誰が先生でもなく、誰が生徒でもなく、分かち合いが起きる場だったのです。

 

その場を創り出すことができて感動してしまいました。

しばらく、うわぁとなって言葉にならなかったです。

大いなる存在はたまに奇跡的なギフトをくれるものです。

 

時間もエネルギーもお金も注ぐからできるものですね。

 

先生や保護者、そして何より生徒さんたちから多くの学びをいただきました。

また次の人たちに惜しみなくシェアをしていきます。

ありがとうございました。

 

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明るい未来を見ながら、現在できることをする

動物には今ここしかないと言われています。

過去や未来のことを気にしないし、遠い世界のことも気にしません。

今現在を常に謳歌しています。

 

マインドメイカー上田正敏です。

人間は高度な脳を持ったことで、過去や未来、遠い世界に思いを巡らせることができます。

過去にとらわれていたり、起きていない未来に恐怖したり、自分以外の人たちについて考えたりしています。

時空を超えて抽象的に物事を感じたり考えたりすることができるのが人間です。

これは良い面と悪い面があります。

 

ネガティブな過去に縛られ、ネガティブな未来にも縛られ、今いない人のネガティブな影響を大きく受けることは悪い面です。

 

大切なことは、ひとつ。

今この瞬間を楽しむことです。

 

これができない時は、過去にいたり、未来にいたり、遠い世界にいるのかもしれません。

楽しんでいる時って、唯一この瞬間を味わっている時だと言われています。

いろんなことを忘れて今に集中している状態です。

時間も一瞬で過ぎ去っていく状態です。

 

そのために何ができるかといえば、

明るい未来を思い浮かべて、今できることをすることです。

人は明るい未来をみていたい。

奇跡のようなことかもしれないけれど、それを見ている必要があります。

そして、それに向かって今できることを積み上げていくのです。

 

できないことをやれって言われてもできません。

時には明るい未来を思い浮かべることもできない人もいるでしょう。

そんな時には「くう、ねる、あそぶ、おふろ」です。

 

生活の基盤を整えるということです。

楽しく食べること。

きちんと寝ること。

あそぶことも重要です。

おふろにも入りましょう。

これができることが明るい未来ですからね。

 

お金がないという人もいますが、これをするのにお金って必要ですか?

遊ぶって子供達がステキな先生です。

何もないところに遊びを創り出すことができますから。

 

与えられたものって消費することなんです。

おもちゃってそうなんです。

何もないところに何かを生み出すことがクリエティブです。

つまり遊ぶことが創造性を養うということです。

何もないところに遊びを立ち上げること。

 

創造性には、退屈も大切なスパイスです。

楽しみたいという未来をみて、今できることをする。

とってもシンプルなことです。

 

何も持たず自然の中にいくのもいいのかもね。

 

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