お花見なハンモックフルネス開催

桜の時期を見越してのハンモックフルネス開催。
桜舞い散る季節にどんぴしゃ。
東京は都心だけでなく緑も豊かな街なんですよね。
決して砂漠ではありません。
実際に自然の中にいると人も優しいのです。

写真でその模様を紹介

この男が目印
表参道は桜が咲いていました。そちらには行かず逆方向へ。
山を登るの気持ちが良いですね
山を越えて谷を越えて目指す秘密のポイントへ

秘密ポイントについたら自然とお茶会が始まりました。女子会はお菓子がいっぱい(嬉)
ハンモック村を作っていきます。もちろん参加者が張っていくのです。
ご飯を作っています。厚揚げを焼いて、クラムチャウダー作っています。
早くできないかなぁ
バケットも焼いたりしながら熱々を堪能
お焚き上げのワークをしたりも。火のパワーはすごいよね。
ハンモックって顔が輝くよね
食後のハンモックタイムを満喫中。exped Travel Hammock kit 全色揃い踏み
ハンモックマスターの佇まい
初ハンモッカー
ハンモック村は皆さん熟睡中。この時間が瞑想的なんだ。
そして昼寝の後にもお茶会が
ハンモックで食う寝る遊ぶな1日。

記念写真が撮れていなかったというミスを。
でも、楽しかったから良しとしましょう。

勤労奉仕(その1その2その3)がご縁の仲間達。ありがとうございます。
高尾には多摩御陵もあるし、今回のハンモックフルネスは祈りの時間でもあったのかもしれません。

■ハンモックフルネス
山の中でハンモックを使ったマインドフルネス・ワークショップ。
自分に戻る時間です。参加者募集中です。
https://www.yoriyoku.com/tankentai/hammockfullness.html


10年前、何をしていたのか?

10年前、舞台の本番前にインフルエンザで寝込んでいました。
その時に熱が上がったせいなのか周りが揺れだしたのかと思いました。
そして、テレビをみたら見たこともないような映像が写り、何も言えずに見入っていたことを覚えています。

そして、舞台に向けてのブログを書いていことを先日思い出しました。

そのブログはこちら「青年団の演劇入門」
https://ameblo.jp/seinendan-engeki-nyumon/

記録をつけておくのもいいものです。

今でも自分の人生に影響を与えているなとしみじみと感じています。
今までは影響を受けずになんとかやっているなとは思っていたのですが、そんなことはないということです。

時間は流れているし、空間はつながっている。

受け入れて前に歩いて行こう。


比較から自由になるということ

人が集まると優劣が生まれる。
人は世界を認知するために比較するからだ。
人は比べないと物事を理解できないのだ。

偏差値教育が身近な例だ。
高校を選ぶ時、ある学校に行きたいと強い思いを持っていない限り、偏差値で行く高校を決めていた。
大学は選考があるから、学びたいことを中心に選ぶか、どの学校にいけるかは偏差値で決まっていた。

「地元じゃ負け知らず♪」という歌詞の歌があったが、地元で一番でも、それが集まれば一番は一人だけだ。

逆に考えると地元で一番ではない人間が一番になれる可能性もある。
輪切りされたら順位が変わるからだ。

上を目指せば目指すほど競走は激化する。
これも「もっと、もっと」と求めるならば強欲となり不幸をもたらすことがある。
足を知るという言葉は知恵のひとつだ。

才能について偏差値的に考えると、こんな図になる

ベルカーブと才能
図1 ベルカーブと才能

学校などの集団に入ればこんな感じになる。
とある軸で評価すると天才レベルの人から無能レベルの人がいるのだ。
普通レベルの人が一番多い。

受験などで偏差値で輪切りにした場合は次のようになる。

図2 ベルカーブと才能の分岐

天才レベルの人を集めても、その中で天才レベルの人から無能レベルまでの人がでてくる。
集団で評価すれば、このようなことが起きる。
もちろん、普通レベルの人を集めても天才レベルの人から無能レベルの人まででてくる。

何かの評価軸を持った途端に天才から無能という認識ができる。

人が集まれば天才から無能まで人が集まる。
これはひとつに評価に過ぎないが、成績をつけるならこうなってしまう。

それで思ったのです。

人が集まることに意味があると。

人が集まれば優秀な人間がでてくる。
それが集団に利益を与えてくれるなら大歓迎だ。
優秀な人間のためにその他の人間が必要なんだ。
落ちこぼれだったとしても必要な人間なんだ。

落ちこぼれって劣等感を持っていれば最悪だけど、評価を気にしなければ何も問題はない。

もしも落ちこぼれだったら評価の軸を変えたら良い。
国語が苦手なら得意な理科の才能を延ばせば良い。

学校時代は教科の評価軸くらいしかないが、大人になれば評価軸は無限大に作れる。
自分が一番になれる評価軸を見つけたらいいのだ。

何も競争が激しいところでナンバーワンになるだけでなく、自分が一番になれるオンリーワンの場所を見つけても良い。

自分自身を振り返ると小学校は誰も受験をしない学校だったのでのんびりしていた。
都内の学校だったにも関わらずね。

中学から成績が良い人間が良い人間だという価値観を刷り込まれた気がしている。
隣の小学校はクラスの半分が受験をしていたそうだ。
そして受験に落ちた子たちが劣等感を感じて、その卑屈差が嫌で成績が良くなければならないという思い込みができた。

高校は補欠で入ったのだけれど、なぜか入学直後の学年テスト上位に入ってしまい、自信がついた。
勉強についていけるだろうかという不安が、ここでも大丈夫と思えたことは大きかった。

大学は、本当に頭が良いやつには敵わないと思った。
けれど、そうだよなぁと特に気にしなかった。
久々に会って大学で優秀な友人と話していたら、さらにすごい奴らがいるよという話になる。
そんなもんなんだよね。

一つの評価軸だけで自分を劣等でいっぱいにするのではなく、自分にしかできないことをやればいい。

自分にしかやれることがないなら、自分が好きなことをやればいいのだ。

好きという感情そのものが才能だからだ。

ワークショップで、「好き」や「ワクワク」という感情や身体感覚を知り分析してきた結果わかったことは、この感情って人と被らないんだよね。
似たような人はいるんだけど、その人のオリジナルとしか思えない。

ワクワクはオンリーワンな感覚だ。

これに才能をどう組み合わせて形にしていくことが大事。
才能も人それぞれなんで、ない才能は手伝ってもらい、ある才能を使っていく。

自分のワクワクの周りに才能を集めたら、好きが仕事になるのである。

そのためには比較から自由になる必要がある。

比較して一喜一憂することから、ただ事実を受け入れていく姿勢が大事。
あるものはあるし、ないものはないのだ。
あると思っている勘違いもあれば、ないと思っている勘違いもある。
だた、現実を受け入れて、望む未来を選んでいく。

ある人にはある役割が、ない人にはない人の役割がある。
器用な人には器用な人の役割が、不器用な人には不器用な役割がある。
天才には天才の役割が、無能には無能の役割があるのだ。

そんな評価を超えていけるようなサービスを提供していきたいと夢を見ながら思っていた。

結論:能力や才能があろうがなかろうが、好きなことをやろう。やることそのものに意味がある。

<現在提供中のサービス>

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Clubhouseが流行っていますね。

クラブハウスというアプリが急に流行り出した。
いわゆる発進力がある人の間で広まっている。
感覚としては、新しもの好きな大人が参加している。

参加するには招待者がいなければならい。
しかも2人までしか招待できないというプレミアム感も人気の秘密みたい。
ラッキーにも友人が招待してくれました。

クラブハウスは、音声コミュニティアプリ。
zoomは映像があるんだけれど、クラブハウスは音声のみ。
zoomは、記録機能があるんだけど、クラブハウスは録音不可。

僕の感覚では、学生時代の部室のイメージ。
似たような興味を持った仲間でわちゃわちゃと話をするイメージです。
そして、隣の部室に押しかけたり、押しかけられたりもできる。

誰とでも話ができる可能性を持ったアプリです。

これ噂話から深い話までツールですね。
映像がないのも気楽。

聞いているだけでも良いのでラジオがわりにもなる。

twitterは文字列の洪水であり、Clubhouseは音声の洪水のようだ。
多くの情報に流されるのか、流れていくのか。
使い方で変わってくるよね。

クラブハウス疲れという言葉がもう生まれているし。
情報とどのように付き合うかが大事な時代になってますね。

僕がクラブハウスで話をしたり、誰かと対談したりするなら、どんな話が聞きたいですか?

こっそりと教えて下さい。

良かったらフォローを。@freestylemachan



Happy Birthday to Me !

1月23日。51歳になりました。
よくぞ生きてます。

自分のゴキゲンを取り続けること。
これが大事なことだと実感しています。

毎日に飽きないように好奇心を持って面白くやっていく年にしていきます。

今年もよろしくお願いします。


ポンコツが世界を変えるかもしれない

10年前に青山学院大学で学んだワークショップデザイナー育成プログラム。
同期会と同期を応援する会をzoomで開いた。
3ヶ月のプログラムだったのだけれど、腹を割って関わり合ったせいか、その関係は今でも続いている。
僕らは初年度で講師も事務局も生徒も試行錯誤しながら共に創り上げたプログラムだったという気がしている。
生徒もワークショップを開催している人が多かったし、アーティストが多かったのも特徴的だった。
ビジネス系、公務員系の人もいたりして異業種交流の中での学びであった。

そんな同期会ででてきたのは、ポンコツが世界を変えるかもしれないということだ。

学校にいませんでしたか?

ちょっと騒がしかったり、何をしてもダメだったり、コミュニケーションが下手だったり、いわゆる「普通」とはちょっと違う子が。

僕らはそんな一人ではなかったのではないかという話で盛り上がりました。
ポンコツと表現したけれど、言葉を変えれば天才と表現してもいいのかもしれない。
才能とは他者と違うということだから。

ポンコツと表現した理由のもうひとつは、「人と違う自分はダメだ」と思い込んだりしているから。
人は同じにできることが善であり、人と違うのは悪だと思ってしまいがち。
これは人が群れで暮らす動物だからそんな本能を持っているのかもしれません。

偏差値でよく見るベルカーブがあるんだけど、平均点な人たちが数が多く、点数が高かったり低かったり人は数が少なくなる。
点数が高い人は自信を持ち、点数が低い人は自信を失う。

自信を持っている部分はいいんですよ。
成績の良い子はそれだけでも価値があるから。

自身のないところ。自分がポンコツだと信じて疑わないこと。
その部分に大切な才能があるんです。

世の中は効率を求めているけれど、効率的でないところに才能が眠っていたりするのです。
特に激動の時代では、ポンコツの部分の才能が大切になったりするのです。

ポンコツだと思っていたことが本当は金ピカの才能である可能性があるんですよね。

僕たちワークショップデザイナーは、この愛すべきポンコツなんではないだろうかと盛り上がったのです。

そんな奴らの居場所を作り、活躍する場を与えて、社会を変える大物に化けるかもしれない可能性を追求する存在じゃないかと思ったりね。

僕らもそんなポンコツの部分を持っているよねという話が面白かった。

ちなみにポンコツポンコツと言っているんだけどね、社会的に地位があったり、博士がいたりする同期なんです。
でもね、みんなポンコツなんだよ(笑)

そんな自分をさらけだしたから、10年たった今でも、お互いを尊重し合う関係性ができているんじゃないかな。

ステキな大人たちだと自画自賛した夜だった。

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あけましておめでとうございます

本年もよろしくお願いします。

お節を作り、食べる普通うの年末年始を過ごしていました。
自分で作るお節はやっぱり美味い。
習ってから6年経ち自分の味になってくる不思議。
同じ分量や調理法で作ってもらしさがでてくるのは興味深いです。

正月も大晦日と元旦だけでいいのかなと思うくらいに時代にスピードは上がっています。
身体的にのんびりするということが不要になっているのか、社会的に動くことが求められているのか、それとも両方なのかどうなんでしょうね?

日常を過ごすことが大事なんだと改めて思ったりしました。

緊急事態宣言がでるとかでないとか政治的な動きがあるんだけど、これは自然と同じのようなもので自分ではコントロールできないことです。
集合無意識みたいなもので自分の一票も空気の中ない入っているようなものでもあるんだけど、大勢の流れの中ではコントロールすることは不可能です。

こんな時に大事なのはコントロールを手放すことです。

コントロールできることとできないことを見極めて、自分にできることを淡々としていくことが大切です。
コントロールできないことに労力を注いでいくと徒労に終わりますから。

自分にできることはシンプルです。

  • 手洗い
  • マスク
  • 三密を避ける

これだけでいいです。多くの人はこれはできているでしょう。
なので日常が続くだけです。

こういう時にはヒーローがでてきて、必殺技みたいなモノを求めたりしちゃうんだけど、それを期待しすぎると陰謀論にハマっていきます。
ヒーローを求めてしまうのは本能的なものでもあるんだけど、他人の中にヒーローを探すのはやめましょう。
できることは自分の中にあるヒーロー性を探すことです。
自分が自分のリーダーであることが重要になります。
つまり、自分の頭で考えると言うことです。

ついついネットで正解を探しちゃんですよね。

実際に正解らしきものはネット上に沢山あります。
それはそれでいいんだけど、自分にとって正解なのかわかりません。
正解を見つけるとそれが正義になり、正義が生まれると悪が生まれて、正義が悪を攻撃しても良いという許可が自分の中で起きたりします。

これが人間が持つ鬼の部分です。

鬼滅の刃が流行っていますが、鬼は自分の中にもあるし自然な感情です。
それを律することがコントロールできることなんじゃないかと僕は思うのです。
自分の中にいる鬼と柱の対決は、自分の中で起きる葛藤です。

自助・共助・公助が大切と言われていますが、自助は先ほど書いた3つのことです。
手洗い、マスク、三密を避けることね。
それと自分の心の健康を保つこの記事も参考になります。
昨年僕が書いたものです。

共助をちょっとでもやってもらえたら良いなと思っています。
究極の共助はひとつだけだと僕は思っています。
それは

話を聞くことです。

シンプルでしょ。ただただ話を聞くことです。
専門用語で言えば、傾聴というモノです。
アドバイスする必要なんてないんですよ。
ただ話を聞けば良いんです。

言葉は「うん」行動は「首を縦にふる」。

これだけでいいんです。
10分だけでいいし、なんの解決もしなくていいのです。
人の問題を解決しようという欲を持たなくても良いのです。
人の役にたとうとしなくて良いのです。
ただ、話を聞けば良いのです。
まぁ、解決したいという欲はでてきちゃうかもしれないんだけどね(笑)

ふと頭に思いついた人に連絡をとってみるのも良いかもしれません。
できたら文字のやり取りだけでなく、音声でのやり取りができたら良いね。
もちろん会うのがベストなんだけど、こんな時期にはベターを目指しましょう。

あと大事なのは、世の中の風潮に合わない行動している人を責めないこと。
雰囲気や空気で人を動かすことは本当はダメなことなんです。
みんな自分の判断で行動しているのだからそれを受け入れて尊重すること。
もし責めたくなるなら自分を見つめるチャンスですから。

シンプルに生きているだけで丸儲けという心境が試されているかもしれませんね。

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広島平和記念資料館に誰もが行くべきだと思った話

山口出張の帰りに広島に寄って平和記念資料館に行くべきだと思ったのはこの記事を読んだから。

田中泰延 Hiroshimas
https://hiroshimaforpeace.com/hiroshimas/

500系ハローキティ号で

ワークショップデザイナー育成プログラムで学んだことのひとつに、今、科学館や博物館にアート系のキュレーターの人たちが関わってきているという話を聞いた。

実際に未来館に見学にいって話を聞いたり、同じ学びをした方の多摩六都科学館でワークショップのお手伝いをさせたもらったりして、「伝える」ということについて、よくよく考えられている展示を目の当たりにした。

本当に伝えたいことを伝える工夫があるのだ。

小学校の時感じた原爆の話は、漫画はだしのゲンなどで「恐ろしい」とか「気持ち悪い」とか恐怖や嫌悪の感情をただ感じただけだったのだ。

「ネガティブな感覚は避けた方が良いよね」という教育を受けたのが僕らの世代だった。

この記念館も以前は、蝋人形などの展示で怖かったらしい。
でも、展示が変わったと聞いたので、日本人として見ておかなければならないという気持ちになり、半世紀を生きた今現在、初めて広島の地を踏んだ。

広島平和記念資料館

今は資料館も事前予約制になっています。
空きは朝一の回だったのだけれど迷わず予約。
混み合ってなく、いい感じで見学ができます。

記念館を見た感想は「これはみんな見た方が良いよ」というもの。

ただ、そこに生活していた人がいた。

この一言に尽きます。
それが、わかれば良いんだなぁと。

音声案内を借りたせいか、没入感がすごくて、途中学生たちに取り囲まれていることに気づいてびっくりしたりしました。

写真や資料とじっくりと対話をしているようなそんな時間でした。

主語がない日本語表現が、考えさせられる言葉。

誰も責めていないのにも交換が持てたし、メッセージ性を強く押し出しているわけでもなく、ただただ事実があったという記録だけを見せていく。

写真も撮られた人、撮った人がいるだけ。
そこにある何かが伝わってくるだけなんです。

ニュートラルに表現されていることに、展示を作った人の意志を強く感じました。

途中にこみ上げてくるものがあったりするのも確かなんですが、これは誰にでも伝わる展示なんだなと。

被害者でも加害者でもない無害者という心理的には高みのポジションにいる視点。
人類さえも否定せずに、ただあるがままを残していくということ。

これは理屈ではなく、見た方が良いなと思ったりします。
修学旅行みたいな半強制的なものでなく、自分の意志で決めて、自分の足で訪れたい場所です。
その価値が十二分にあると感じました。

原爆ドームは調査中

毎日の暮らしを丁寧に、美味しいものを食べて、対話をすること。
できたら好きなことを日々の生活に取り入れて楽しむこと。
平和であることを自分なりに意識していくこと。
余裕の部分で周りと分かち合うこと。
自分も周りの尊重すること。

最初の一行だけでもいいんじゃないかな。

豚ねぎそば@長田屋

広島の町は美しかったな、お好み焼きが美味かったなと思いながら。

広島平和記念資料館
http://hpmmuseum.jp

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あなたは誰かの光である

sun

人は孤独である。

これは僕の基本的な考え方。
他者に育てられ自立をしていくのが生命。
それが生きるという力です。

ただ、これだけで終わらないのが人間。
人は人とつながりが必要だということ。

人が孤独というのは、人と人は分かり合えないということ。
ただ、わかり合えないから、分かりあおうとするするもの。
孤独というものは分離感という感情を生み出す。
分離感の反対は一体感。人は一体感を求める。

人とつながりたいというのは、本能的な欲求だ。
一体感を感じたいのだ。
では、どうすれば一体感を感じられるのだろうか?

まずは思い出すこと。

究極の分離感を感じて、勇気をだして生まれてきた。
その時に祝福を受けた。
両親に幸せと希望を与えた。

これが誰かに与えた最初のギフト。
ただあるがままでいるだけで、与えることができるという体験。

関係性というものは愛から始まっている。

それからは試練があったかもしれない。
究極の状態を生まれてきた時に味わったから。
最高の安心感は胎内のことだし、最高の祝福は生まれたきた時。

また、最悪の分離感もこの時に感じた。
生まれることは、そういう感情の側面を持っている。
強烈なポジティブとネガティブを共に味わった。
最初の学びかもしれません。

幼少期に様々な感情を学び、青年期にも様々な感情を学んで大人になる。

自分自身の生まれ持った原型が、体験によってさらに細かく形づくられていく。

生まれてきた目的があるとするならば、それは誰かの希望になること。

誰に何を与えられるのだろうか?

これが大人になってから必要となるシンプルな質問。
自分の仕事は何かという根源的な問いかもしれない。

ただ、誰に何も与えなかったとしても、誰かの光であったことは覚えておいて欲しい。

そして、今でもそうかもしれないということに気付いていて欲しい。

もし、光を感じられないなら朝日を浴びよう。

どんな太陽も気持ちが良い。ただ朝日は格別です。

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安倍首相に怒っている人の心理学

ネットなどの情報を見ていると首相に怒りを感じている人が多いです。

なぜ怒りを感じるのでしょうか?

心理学的では、怒りは表面的な感情であり、奥には違う感情があると言われています。

心の奥にある感情の第一候補は、罪悪感です。

罪悪感を感じる時は、どんな時でしょうか?

それは二つの可能性があります。
ひとつは、自分が悪いことをしたと感じている。
自分がしてはいけないことをしてしまって罪悪感を感じている。
いたずらなんかそうですよね。
この罪悪感を感じている可能性は2割。

もうひとつの罪悪感は、自分がやるべきことをしていないという罪悪感です。
この罪悪感を持っている人は8割くらいです。

自分がやるべきことをしていない時に、誰かに怒りを感じるということです。
自分がやるべきことを、他人がしていない時に怒りを感じます。
特に権威者に対して感じることになります。

この怒りはチャンスだということ。

権威がある人がやっていないことを、自分がやるということです。
自分の出番だということ。
権威者がやるのではなく、自分ができることがあるかもしれないということです。

今やるべきこと、これからやるべきことが見えてくる可能性があります。

それでも、怒りが収まらないという人にさらなる希望があります。
これがしたいと思える人は、他者を癒す才能があります。

それは、この視点が持てるかどうかということ。

  • 何があって、そうなったのか?
  • 何がなくて、そうなったのか?

安倍首相の幼少期に、何があったのか?何がなかったのか?
青年期に、何があったのか?何がなかったのか?
大人になって、何があったのか?何がなかったのか?

もしも、その何かがあったり、なかったりした時に、助けになりたいと思うならば、あなたには癒し手の才能があります。

今のある姿というのは、何かがあったということです。

例えば、他人に冷たい人は、冷たくせざるをえない何かがあったということです。

まとめ

怒りがあるということは、心の奥で罪悪感を感じているかもしれないということ。

罪悪感とは

  • 自分が悪いことをした
  • やるべきことをやっていない

という2つの可能性があるということ。

怒りを感じている人に対して

  • 何があって、そうなったのか?
  • 何がなくて、そうなったのか?

という想像力を働かせることができて、その時に助けをだしたいと思える人は、癒しの才能があるかもしれないということ。

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