キネシオロジーでつかんだ極意と同じことをムツゴロウさんから学びさらに深めてもらった。

ムツゴロウさん

SWITCHインタビュー 達人達の「畑正憲×五十嵐大介」見ていて、ビックリした。

五十嵐さんが畑さんに
「どうしたらあんなふうに動物とコミュニケーションがとれるようになるのか?」
と問うた答えにだ。

手のひらですね。
まず第一にですね。手のひらをトレーニングするんです。
いいですか?
こうやって入れるんです。(ズボンの中に手を入れて、直に太腿に触れる)
そうするとね。
腿に手をあてます。
あの、どっちが触っているのかわからない。
どっちにも知覚がね、神経があるわけです。
腿にもあるし、手にもあるんです。
ここに手を入れているでしょ。
そうするとね、最初は冷たいか暖ったかいかというのがどっちの信号で受け取っているか、それがまずね、気になります。
で、これを長くやっていると、どっち触っているのか触られているのか、わからなくなるんですよ。
これがね、僕の秘訣で、大事なことです。

簡単にやっているように見えるでしょ。
でもね、ずーっと手続きが長いんですよ。
それで指をこうやってね(指を触れるように動かす)
よしよし、そうか、そうか、今日は良い日だね、よーし、おい、遊ぼうな、あとでほら遊ぶぞ、よしよし。
これがね、自分が触っている感じと一体になる
それで、わけがわからなくなる。
そこが味噌なんです。

畑正徳(Switchインタビュー達人たちより)

これを見て、僕は大興奮です。

僕が感じてきた世界と同じなんです。

僕がまだプロとして心理セラピストとして活動を始めた頃、ボディワークのトレーニングで、エサレン研究所から講師の方から言われた言葉にビックリした時と同じ衝撃でした。

右の掌と左の掌をくっつけて
右の手が左の手に触れているのか、それとも、左の手が右の手に触れているのか

と言われた時と同じような衝撃が僕の中を走ったのです。

これを言われたときに脳が混乱したんです。
今までこんなこと考えたこともなかったんです。
何が何だか訳がわからないんだけど、気持ちが良かったことを覚えています。

僕はメンタルトレーニングで筋反射テスト、キネシオロジーを使います。

つまり手のひらでクライアントさんに触れるのです。

心の深い世界に入っていくと、どれが自分で、どれが相手のなのかわからない世界に入ることがあるのです。

このモードに入ると時間は一瞬で過ぎ去っていくので、自分でもビックリするほどです。

心の深いところにある感情の傷を取り除くこともあれば、本当に心から望んでいる大事な欲求に触れるすることもあるのです。
言葉にさえならない時もあります。

これは体験しなければわからない感覚なんですよね。

同じようにキネシオロジーやってますよ、筋反射使ってますよ、という人でも、この領域に達している人はどれくらいいるのか。

いや、僕でもまだまだ到達できていない領域はあるんです。

どれだけ深められるかということは、それだけ好奇心を持っているのか、興味を持っているかなのかもしれません。

ムツゴロウさんから得たインパクトは、僕はこの感覚は自己探求にしか使えないものだと過小評価していたことです。

コミュニケーションに応用することも可能なんだということに衝撃を受けているのです。

そして、子供の頃、大好きだったムツゴロウ王国。
いつか働いてみたいとさえ思ったこともあったくらい好きだった。
そんなムツゴロウさんと同じ景色を見ていたということが感動的でした。
不思議と共に働きたいという夢が叶ってしまった感覚なんです。

子供の頃に夢見たことって、大人になって形を変えて実現することがあるのです。

子供の頃に、どれだけ色んなことを見聞きして、体験することが大事だということを、最近しみじみと感じています。

いや、大人になっても、様々な体験をして、五感で感じることが大事なんだと思っています。

机に座った勉強ばかりではいかんのです。
コンピューターを前にしていることでは手に入らないことがあるのです。
家にいるだけではダメなんです。

ムツゴロウさん。ありがとうございました。
今でも僕の憧れの存在です。

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対等性ということ

対等性

人と人は対等である。

これは人間だからこそ言える言葉です。
動物を見ていると、群れの動物は順列がありますから。
上下関係がハッキリとしているというこです。

人間界には不文律というものがあるのです。

年上は年下よりえらい。
男性は女性よりえらい。

特にこの2つは大きな思い込みを作っています。

その他にも、才能がある人がえらい、お金持ちのようがえらい、役職が高い方がえらい、権力を持っているほうがえらい、頭が良い方がえらい、お客様のほうがえらいとかね。

人は無意識にいれば、相手より上か下かを常に意識している存在ともいえます。

そんな時にふと1万円札のおじさんの言葉を思い出しました。引用します

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言えり。されば天より人を生ずるには、万人は万人みな同じ位にして、生まれながら貴賤きせん上下の差別なく、万物の霊たる身と心との働きをもって天地の間にあるよろずの物を資とり、もって衣食住の用を達し、自由自在、互いに人の妨げをなさずしておのおの安楽にこの世を渡らしめ給うの趣意なり。されども今、広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるもあり、貴人もあり、下人もありて、その有様雲と泥どろとの相違あるに似たるはなんぞや。その次第はなはだ明らかなり。『実語教じつごきょう』に、「人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり」とあり。されば賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとによりてできるものなり。また世の中にむずかしき仕事もあり、やすき仕事もあり。そのむずかしき仕事をする者を身分重き人と名づけ、やすき仕事をする者を身分軽き人という。すべて心を用い、心配する仕事はむずかしくして、手足を用うる力役りきえきはやすし。ゆえに医者、学者、政府の役人、または大なる商売をする町人、あまたの奉公人を召し使う大百姓などは、身分重くして貴き者と言うべし。

学問のすすめ 福沢諭吉

改めて学問のすすめを読んでみると「人の上に人はいて、人の下に人もいるのが現実」となんとも言えない文章ですね。
人は生まれながらに平等なのかもしれないけれど、実際の世の中を生きる上で学問をしてえらくなれという意味なんでしょうか?
うーん、、、どうも上昇志向の本みたいですね。

まぁ、それはそれでいいのです。

もし、そうだとしても人間としては同格であるということなんです。
能力や立場は違うかもしれないけれど、格は同じなんです。

明治時代には、これで良かったのかもしれないけれど、令和時代には人は平等であるということはより大事なことになっていくでしょう。

これは人類にとってチャレンジすべき課題だと僕は思っています。

平等というと、同じでなければならないと言い出す人がいます。
これは違うのです。
真の同格であるということは、違いを認め合うということなんです。

男女って違うでしょ。
LBGTQとかいいますが、これを考えると、一人一人が違うんだよということ。

僕らが扱う心の世界では、誰もが両性具有だと考えています。
男性の中に、男性の側面もあれば女性の側面を持っている、
女性の中にも、女性の側面も男性の側面も両方を持っていると考えます。
男性も女性もそれぞれが、男性性も持っていれば女性性も持っているということ。

それを認め合えるかというのが課題だということでもあります。

人は思い込みで受け継がれた男女の役割というものがあります。
僕らよりも親世代、さらにその上の祖父母時代、さらにその上とたどってけば、対等なんてものはないのではないかと思うのです。

それがこれまでの時代の当たり前だった。

これからの時代はそれが通用するのか、しないのか。
進化しては退化をすることを繰り返し、成熟してくものだと思っています。

年齢で人を判断しない。
性別で人を判断しない。

これらが大切なことだと思っています。

年齢や性別で判断しないということは、それぞれが、それぞれの人生で専門家ということ。
AさんはAさんの専門家であり、BさんはBさんの専門家である。
それぞれ経験してきていることが違うだけで、それぞれの人生を尊重することが大事なこと。
自分より上だとか下とかではなく、上のところあれば、下のところもある。
もっといえば、上だとか下だとか判断しているは自分の価値観にすぎません。
相手の良いところを認め合うことが大事だと僕は思います。

僕の中にも差別的な部分があることを受け入れて、それでも対等であろうとすること。

一人一人がそんなあり方ができたら世界は平和で創造的になるだろうなと思っています。

対等であること。

あなたは、どう考えていますか?

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常識を疑え!

沢でダイブ

世の中には当たり前という常識がある。
そして、どの業界にも当たり前がある。

当たり前が強すぎるとどんな問題があると思いますか?

自分が正義になることです。
それ以外の常識を持っている人を悪とみなし攻撃します。
攻撃しなくても嘲笑することは攻撃するのと同じこと。

多種多様の価値観が受け入れられている今、正解はないものだという前提条件を持っていることが大切になります。

沢遊びでの奇跡の1枚
沢遊びでの奇跡の1枚。自分の目にはフィルターがあるかもしれない。世界が歪んで見えているのかも。

僕が小学生時代のことを思い出しました。
それは冒険教育のクラブで、座学の時間の時でした。
確か山行が中止になったから、その装備を持って集合みたいなものだったかな。

そこで大学生のリーダーたちから装備表に従って点検したんです。
もしも持っていないのなら腕立て伏せをする罰ゲームがありました。

「水筒持っている人?」
「ナイフを持っている人?」
「ポンチョ持っている人?」

みたいに聞いて行ったんですね。

「よし、持っている」
「いけっねぇ、忘れちゃった」
と一喜一憂していたのです。

そんな時に
「防寒具を持っている人?」
という問いがあって、先輩が言ったことが衝撃的だったんです。

「持っていません。寒かったらがまんすればいいのです。」

と自信を持って堂々と言いながら腕立て伏せをしていたんですね。

地図読みの講習の時も
「どちらのコースが楽か?」
という問いに、一般的な正解は「ゆるやかな道を登る」というものなんですが、
その先輩は

「この急なところを一気に登ります。
 ゆるやかなところをタラタラと登っている時よりも楽ですよ。」

僕の当たり前だと信じていた思い込みが外れたことを思い出しました。
自分で考えることの大切さを体験しました。

沢でダイブ
いつまでも子供心を忘れないぜ!と沢にダイブ!

時代は進んでいきます。
昔の常識が常識ではなくなることもあるのです。

楽しみ方も千差万別であり、どのような遊び方をしてもいいのです。
これが常識だからと振りかざすってカッコ悪いなぁと思うんですよね。
好奇心を持って受け入れることが大事なんですね。

僕の目標はカッコよく年を重ねることなんです。

他者の学習体験を邪魔することなく、新しいことに好奇心を持って、「へぇ、そうなんだ!」と感心していくジジィになっていくぞ!

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戦争は絶対にダメ

この言葉は真理なんだけど、矛盾もはらんでいる。
第二次世界大戦から今現在まで、戦争がない時はないからだ。
この事実を知った時に僕は愕然とした。

なぜ戦争があるのだろうか?

今日というの日を戦争は絶対にダメとい前提条件を一度外して考えた1日にした。
絶対にダメという言葉は、感情が優先されすぎていて思考が停止してしまうからだ。

自分の中で思考を自由にして、タブーをなくして、思い込みをなくして考えてみる。

罪悪感、恥、敵意という感情を一旦脇に置いて自分で感じたい。

もし、戦争を肯定するにしても、否定するにしても、自分の頭で考えた答えをだすことが大切だ。

そして、できれば、自分の頭で考えたことを周りに人たちと対話をしてもらいたい。
デリケートなテーマなので、安心安全な場で対話をすることが大事だ。

僕自身が一番根っこに持っているテーマは世界平和だ。

どうしたら世界が平和になるのか?

夫婦喧嘩がなくなれば、世界は平和になるのではないかと考えている。
そのためにも自分の心の中が平和である必要があるのだ。
このブログのテーマでもある自分がゴキゲンであること。
それが大切だ。

自分の感情に責任を持つこと。
相手に対して振る舞いに責任を持つこと。

自分の振る舞いを振り返るとまだまだ修行中だと思う。

でも、世界人類が平和であることを望むのだ。


よく撤退できましたね

先日のブログをみたクライアントさんからいただいた言葉。

起業でもプロジェクトでも一度立ち上げたものを撤退するには勇気がいる。
目標を設定して、それに向かって進み、達成することに意味があると思っている人が多い。
特に他者がいる場合には、彼らの期待もあるから余計に撤退は難しい。
どうして、撤退できたのですか?

という問いをいただいた。

撤退の判断は、状況をよくみて、「これは無理だな」と素直に思えたから、迷いなく撤退を決めました。

この決断を決めた理由は、僕の幼少体験を思い出すキッカケにもなりました。

僕自身は子供の頃は体力がない子供でした。
小学校の頃は、背は一番小さかったし、足も一番遅かったし、長距離を走るのも苦手でした。
その時に入っていたアウトドアの団体でも体力のなさは群を抜いていました。
だからといって、何か努力をするわけでもなく諦めていた自分がいたのです。
大人になっても特に体育会の人たちとの体力は歴然としています。
弱ければ鍛えればいいんだという発想の人たちとは相入れなかったですね。
やればできると信じて疑わない人たち。
もちろん、その側面はあるのですが、できない時はできないこともあるのです。
そのできないことを受け入れられるかが重要だと僕は思っています。
できないことを承知の上で、やってみる努力も楽しいものがあります。
自分なりにできるようになったりしてね。

そうなんです。できない自分がいるのです。

できない自分とできる他人を比べると悲惨です。
落ち込む以外に選択肢はありません。
そして、できない言い訳を考え出します。

できないと受け入れちゃうと、それが現実だから言い訳を考えなくてもいいのです。

僕にとっては、できる・できないは重要ではないのです。

大切にしているのは楽しいかどうかなんです。

もし、撤退しない選択をしたとしたら、苦痛を経験することになったでしょう。
それが楽しいという人は少数であり、多くの人は苦痛で嫌になってしまいます。
僕が伝えたいのは楽しさなんです。
これは明確な価値観です。

人は楽しければ、ほっておいても自分なりにやるようになるのです。
楽しくなければやりません。

特に子供はそうです。楽しいという気持ちは自分を成長させる原動力です。

大人になってくると損得を考えだし、楽しくないけれど得になりそうだからと努力をして身体や心を壊す人もいます。
得というのは、周りの期待ということもあるかもしれません。

僕は、物事の楽しさを伝えたいと思っています。

だから、撤退をすることに躊躇なかったのです。
ここまででも、充分に楽しめましたから。

撤退したことに後悔はありません。
清々しい撤退でした。

何を大事にするのか?

それがわかっていることが自分の決断にブレをなくしますね。

ステキな問いをありがとうございました。

PS リベンジにはいきます(笑)

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大人になるとは?

大人になるってどういうことでしょうか?

大人と子供の違いって何でしょう?

大人になりたい、大人になりたくない。
何になりたくて、何になりたくなかったのでしょうか?

人は生まれた時には何もできません。
大人に依存しなければ生きることはできないのです。
この時期に親に愛されることが重要になります。
これを依存期と呼びましょう。

そして思春期がやってきます。
第二次成長が起きて体が生殖できるように変わります。
これを大人と呼ぶ人もいます。

戦国時代に15歳で元服してなんて、大人認定なんてことは現代ではありません。
選挙権が得られる18歳?
酒タバコが解禁になる20歳?
それとも就職したら大人?

依存期の次には自立期が来ます。
いわゆる反抗期と呼ばれるものは自立と関係しています。
誰かに頼るのではなく、自分自身を頼りたい年頃です。
一人でできることが自信へとつながります。

最近流行の自己肯定感もここで大きく育てることができます。

依存、自立のステップの次に何が必要でしょうか?

共に協力するステージです。
つまり社会性と呼ばれるものを身につけるということです。
これがいわゆる大人です。

では、社会性とは何でしょう?

シンプルに言えば、誰かの役に立ちたいということです。

自分が成長したいというのは自立期の考え方。
この時期は、勉強をするのに最適です。
自分の興味だけを追求すればいいから。

ところが、大人になるということは、誰かの役に立つことが必要になります。
なぜなら、人は一人では生きていけないから。
自立した人間同士が協力し合うことが必要です。

依存している人たちが頼り合うと不幸が起こります。
他人に期待をしている人たちって、自分が何もしないということですから。

自立している人は、自ら動く人です。
自分の意思で活動する人なんです。

ただ、これだけでは大人とは認定されません。
社会の役に立っていないから。

就職の時に、自分の学ぶために御社を希望しましたという人は受からないでしょう。

もちろん学びになっていいのです。受け取ることも大事です。
ただし、与えることがより重要になるのが大人の世界。
誰かの役に立つことを考えることが大切なのです。

大人とは自分と他者のために動けることが大事なのです。

「自分=他人」というのが健全な態度。

「自分>他人」「自分<他人」という不健全です。
誰かを大事にして自分を犠牲にする、誰かを犠牲にして自分の欲望を叶える、どちらも不幸になっていきます。

このバランスをとることって実は大事なことなんですね。 

「誰かのためになる」ということを前提条件として持っていることが、大人になるということではないでしょうか。

好きを仕事にするって、自分は自分育てにつながることなんです。
好きって自分事で、仕事って他人事ですから。
このバランスをとるということなんですよね。

あなたは、大人になるって、どう思いますか?

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スカート男子で思い込みを外せ!

僕が1年以上はまっている遊びとしてシノギングというものがあります。
シノギングの詳細はブログに書いたりyoutube動画があるので見て下さい。

凌ブランドのウェア類は独自の感性で作られています。
まるでガレージブランドのような独自性がありながら、実はマスプロダクションのメーカーなのです。
彼らはそのあり方をインディーズと呼んでいます。

だからこそ、ディープなファンが多いブランドなのです。。
他のメーカーにはない独自色が強いのが特徴です。

僕の少しずつこの世界が好きになり、とうとうウェアを買った話は以前にしました。
シノギングにどっぷりと浸かりたいと凌の象徴的なモデルを買ったのです。
梅雨の晴れ間を狙って、とうとう山に凌デビューをしてきました。

それがこちら

ハカマスカートで高尾山口にたたずむ俺
ハカマスカートと焚き火とハンモック
ハカマスカートで凌ぐ俺

こんな感じでスカートで山を歩いてきました。
ハカマスカートというウェアです。

スカートを履いた感じは、スースしていて風通しがよく涼しいというもの。
実際に歩いてみて、意外と歩きやすいというもの。
登山やハイキングでスカートで歩いている人って女性でもほぼいないものね。
たまに巻きスカートにタイツの組み合わせな人がいるかな。
基本は、長袖長ズボンですから。

ハカマスカートは、画期的なアイテムなんです。
しかもユニセックスで発売されています。
いろんな人に履いて良さを味わってもらいたいそうなんです。
古来から日本に伝わるハカマの意匠でありながらのスカートってカッコいいし。

すみません。興奮してハカマスカートについて語ってしまいました。

今日のテーマは「スカート男子で思い込みを外せ!」でした。

スカートを履いて歩いていると人目が気になります。
どうも人に見られているような気がするんです。
しかもチラッと見て、二度見するような(笑)

スカートは女性のものだ。
スカートを履くなんて恥ずかしい。
スカートなんて・・・

色んな思い込みがあったります。

これが差別を生み出す原動力になったりもします。
人は自分が見たいように世界を見たいので、異物は排除しようとしてしまう傾向があります。
自分の内側の価値観を外側の世界にも反映させたいのです。

自分の中にある「こんなのありえない」ものの正体はシャドーです。
自分の影になっているもの。光あるところに影があります。
自分の光だけを見せたいものですが、影もきちんと存在します。
自分が否定していることがシャドーとなります。

もし、色んなことに行き詰まっているなら、自分のシャドーを解放すると問題が解決されることがあります。

否定していることを肯定し、表現をしていくこと。

自分を否定しているって、エネルギーを消費しますから。

  • 今まで否定してきたことをやってみる。
  • やったことないことをやってみる。
  • これだけは絶対に嫌だということをやってみる。
  • 実はやりたかったことをやってみる。
  • 人からススメられた思いもしなかったことをやってみる。

実際にハカマスカートを履いて感じたことは、人と違うっていいなということ。
山のウェアって、どのブランドも似たり寄ったりで個性ないんですよね。
その中で独自性を持ったブランドに身を包んでいるって快感でした。

異質だからこそ目立つし、人に見られるということがあるんです。
平均的でなく特異な人たちの気持ちが分かったような気がします。

ルッキズムという問題がありますが、人は見た目で判断しているんだよなということも改めて感じたりもしました。

こうあるべきだ。

これから自由になるってステキなことだなと。

もしかしたらシノギングって新しい遊びであることに惹かれていただけでなく、それにまつわるギアやウェアも斬新さがあることに魅力を感じていたのかもしれませんね。

自分の枠を外すために、ありえないと思っていたことをやってみる。

ハカマスカートを履いてみるってありじゃないかな。

ちなみに凌ブランドは、意匠は日本古来からのものですが、使っている素材では世界でも最先端のもを使っています。
それもまた、面白いんですよね。

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そのワクワクは、あなたのワクワク?

party

健康第一は僕の信条です。
なぜなら、健康でないと自分が好きなことがやりずらくなるから。
心身ともに健康であるために、ワクワクすることを日頃からやったり、ワクワクするものに囲まれていることが大事だと思っています。

このワクワクは日常だけでなく、仕事にも夫婦関係にも取り入れると健全な生活を手に入れることができます。

20年以上、このワクワクという感情や身体感覚を研究してきてわかったことのひとつに、偽のワクワクがあるということ。

共感力がある人に多いパターンとして、他人のワクワクを自分のワクワクと勘違いしてしまうということ。

流行も同じです。
流行っているものが自分が好きなものだと勘違いすることがあります。

仲間意識も同じかもしれません。
周りのみんながワクワクしているから自分もワクワクしなくちゃとかね。

もちろん、それも選択なんで良いのです。
ただ、自分がワクワクするかに気づいていることが大切なんです。
人と同じことするのがワクワクなんて人もいますからね。
これは実際には共にいるという一体感がワクワクするというだけで、同じことをしたいではなかったりするので感情というものは複雑になる場合もあります。

周りの同調圧力って、すごいんですよね。

僕自身も無意識にいると周りの空気感による感情の波に溺れることがあります。
自分では怒っていないのに怒ったりしちゃうんですよね。
これただただ共感力が強いというだけなんです。

自分ではないワクワクをワクワクだと勘違いしていると、なんだか体調が悪くなってくるんです。

頭ではワクワクしているのに体はワクワクしていない。
このチグハグな状態は、自分自身を見失っていくし、体調も崩すところまでいくことがあるのです。

頭と体のバランスを取ることで、自分のワクワクがわかったりするんですよね。
そのために僕はキネシロジーという技法を使います。
バランスを崩す原因であるストレスを取り除くことができます。
そのことで、頭と体のバランスをとることで感情が安定して、直感が使えるようになります。
瞬時に自分に気づくことができるようになります。

物事が上手くいかない時、自分以外のものに自分が乗っ取られているかもしれません。

そんな方はご相談下さい。

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他人の成功体験は役立たないかもしれない

story

人は物語でしか物事を理解できない。

この言葉を聞いてハッとした。

成功体験も因果の法則で物語で語られるけれど、本当に何が原因で結果につながるかわからないし、他の要素も関係してくる。
語られない部分が重要である場合もあるからだ。

人間の認知の力は、人間にとって動物と違う進化の過程でのパラダイムシフトなんだけど、それは同時に弊害ももたらしているということ。

理系の科目は因果を研究する学問であり、文系は物語に関する学問だと思っています。
客観視して法則や教訓を得ることを目的としているけれど、完全には無理だということを知っておいた方が良い。

他者を羨ましいと思っても自分とは違うのだ。

肉体も精神も環境も運も縁も違うから、自分に当てはまることはないのだ。
そう言っちゃうと身も蓋もないので、成功体験というのは、自分が行動する動機になれば良いのだ。

自分が体験したものしか信じないという人もいる。

これでいいのだ。自分の目で見たもの、耳で聞いたこと、肌で感じたこと、匂い、味、五感を通じて感じたことが、自分の中の物語を作っているのだ。
人の数だけ物語がある。それは比べることができない尊いものだ。

淡々と自分の人生を歩いていくのが良いのかもしれない。

といいつつ、僕は他者の物語が好きなんですよね(笑)

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恐れず、侮らず

river

最近、僕がリーダーシップを持っていると思っている人たちと話していると感じていることがある。

covid-19を恐れていないということだ。

covid-19そのものに対して、それにまつわる人間模様に対して感情的に反応していないということ。

「covid-19なんて関係ないよ」と言いながら行動している人って、めちゃくちゃ影響を受けているのです。
恐れていないフリというのも影響を受けているということ。
自暴自棄になっている人は影響を受けすぎている人なんです。

これ本質を見ていくと、死を恐れていないのです。

人は必ず死ぬということは、生まれて来たものの宿命です。
死は忌み嫌わられるもので隠されるものとして扱われているので真剣に向き合うことをしていないことが普通です。

ただ、人は生まれて死んでいくという自然の流れを感じているだけなんです。

だからといって、何も対策をしていないかというと、世間に合わせてマスクをしたり消毒したりもしています。
covid-19って対策をしようがしまいが、感染するときは感染するし、感染しない時には感染しないものです。
運としか言いようがないものです。

風邪をひくのと同じです。ひこうと思って引く人はいないのです。

誰も責める必要はないし、罪悪感を感じる必要もないのです。
感情的にニュートラルにいることが本当に大事だと思っています。
誰かを批判する時には、感情のバランスを崩していますから。
その批判者は他人はもとより自分自身もですからね。

リーダーシップを持っている人たちは、恐れてもいないだけでなく、侮っていない人たちが多いです。

個人の感情が集団の感情を作り出します。
流行とか空気感を作っているのは私たちです。
それには感情が伴っています。

自分自身の感情に責任を持つこと。
何かに反応していないかチェックすること。
よく寝て、よく食べて、よく動いて、よく話して聞いて、よく笑うこと。

恐れず侮らず。その精神でいこうと思っています。

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