リーダーの役割とは?

最初のリーダーの役割は言い出しっぺ、それからリーダーは一人で動き始め、「この指止まれ」と仲間を集めます。

仲間が集まってきたらどうするのか?

リーダーが全部自分でやってしまっては、フォロワーがやることがありません。

リーダーの役割は、ゴールを見せること。
仲間にやってもらうことを伝えること。
それから自分がやることをやることが重要ではないかと。

理想は、みんなが自発的に動くということなのかもしれませんが、奥ゆかしいフォロワーはリーダーを差し置いて動きません。
もし、自発的に動いて欲しいなら、ルールを伝えることが重要なのかもしれません。

リーダーが一人でやってしまうと、せっかく仲間になりたいと集まってくれた人は去っていきます。
同じ様なコミュニティの人数にしかなりません。
家族くらいの大きさのコミュニティになるでしょう。

今よりも人が集まって欲しいなら、考え方や動き方を変えていく必要があります。

フォロワーにも役割ができるといいのかもしれませんね。
役割を全うしたいという欲求を人は持っています。

リーダーがリーダーシップを譲渡していく。

それが健全な集団ではないでしょうか。

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自然って何だろうか

おじぃさんは、山に芝刈りに行きました。
この時代の山は宝の山でした。

「芝」とは「枝」のこと。暖をとったり、飯を炊いたりするのに使われた薪ということです。
落ち枝や木にひっかかった枝を拾うことで山が自然と整備されていました。
だからこそ、山には光が入って、春には山菜、秋にはキノコ、植物も動物も多様性がある里山だったのです。

それが今では人の手が入らず放置されることで、山が荒れ果てています。
山が荒れていると土砂崩れなどが起きやすく、それを防止するためにコンクリートで固めることで一時的には良いのだけれどさらに土砂崩れが起きやすい環境になるのだそうです。

昔ながらのやり方で、山の手入れをしている枯れ沢復活&ホタルを飛ばす会に参加してきました。
昔ながらのやり方とは、コンクリートを使わず山にある材料だけで、山の手入れをしていく造作です。
そう、山にある材料とは木と土と石を使って手を入れていく。
もしも、このやり方が未来に否定されたとしても、ただ土に還っていくだけです。

この関係で本を読みました。

「自然って何だろうか」

人は自然をどのように見てきたのか、キリスト教の自然観にはじまり、自然保護がなぜ生まれて、どのように発展してきたのかの歴史が書かれています。

今現在、大きく分けると、自然に手を入れずそのままにしておく派と、自然に対して積極的に人間が介入していく派にわかれています。

僕が楽しんでいるハイキングは、ロングトレールの基礎を作ったジョン・ミューアーの影響を色濃く受けていて、手つかずの自然景観を保護して後世に伝えることが目的となっています。つまり人の手が入るのは必要最低限という考え方。
「リーブ・ノー・トレース」という足跡以外は残さないという考え方が一般的です。
来た時よりも美しくとかね。

ところが、里山を手入れする活動は、土中環境の影響を色濃く受けています。
人間が自然に手を入れることで豊かな自然を作ってきた。
だからこそ、自然に人間の手を入れることは重要であり、そのことで多様性のある森を作っていこうという考え方になっています。
ただ、その技は古からある技法を使っていこうという考え方。

その両者の間に立ってバランスよく俯瞰しているのが「自然って何だろうか」にインタビューとして収録されている坂田昌子さんです。
彼女は高尾に住み、ホタルの会で手を入れている山も見てくれています。
共感するんですよね。

付け加えておくと、一番多いのは、重機を使ってコンクリートで山や川を固めるものが戦後一番多いです。ダム、砂防ダム、堤防であったり。これは自然保護の観点よりも防災が優先される工事です。社会問題にもなっているのが現状です。これが良いのか悪いのか僕には判断できませんが、見た目は美しくないんですよね・・・

僕自身の考え方は、人間も自然の一部。
政治や宗教も自然。
人間の集合意識が引き起こしていると考えています。

人間も自然の一部なので、自然に介入することも自然なこと。
今までの人類もそうだったと思うんだよね。

僕は山の中で気持ちよく過ごしたいだけ。
そのために荒れている山よりも人間の手が入っている山が好き。
人工物を作るのは手を入れすぎなので、昔ながらの伝統的な技法が好き。
山の中にあるコンクリートを使ったものって美しくないんだもの。
社会活動というよりも個人活動をしていると僕は思っています。

どんな世界も持続しているし、起きることが起きるだけというあり方です。

自分の感覚を研ぎ澄まし、この感覚に従って生きていきたいな。
自分自身に正直にいるって一番ステキ生き方だと思っています。

そんなことを山を通じて考えていました。

国の対策

意外といろいろと対策を練っているのがこの資料からもわかりますね。
自然に対する学びが深まります。

今日の山造作

焼き杭を使った階段作りと作業道作り。

お昼ご飯には、ご飯を炊きました。炊き立てのご飯には納豆と卵が最高。

お抹茶を立ててもらったり、お返しにエスプレッソを入れたりして充実した活動でした。

蛍の会で、もっと木を切ったり、しがらみを作ったり、作業に没頭したいな。

やっぱり、自分が自由に実験できる山が欲しいな。
南の斜面で、広葉樹があって、ハンモックと焚き火が楽しめる山。
気が良いところをもっと気をよくしたいな。

その前にハンモックを持って山に泊まりにいこう。

山の手入れをしている人たちに自然観について話を聴いてみたいな。
それぞれがそれぞれの想いを持っているから。
リーダーだけが持っているわけじゃないし、その人が語る言葉に意味があるから。

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4人ソロキャンプ

新年最初のハンモックフルネスは、僕の誕生日に開催。
今まで参加してくれた方へのリピート企画です。

ハンモックフルネスは、ハンモックでの遊びだけでなく、焚き火の遊びも伝えます。
焚き火はもちろん直火ではなく安全に配慮したウッドストーブを使っています。

今の子たちはマッチを知らない人もいたりしますが、人類の最大の発明のひとつである火を扱えるようになるのはとても重要だと思っています。

例えば、インフラがダメになるような災害時に火を扱えることは生きるために必要なスキルになるかもしれません。

今回は、焚き火講座を受けてくれた人たち向けであったので、テーマは4人ソロキャンプでした。

一人でハンモックを張って、一人で火をおこして、一人で料理を作って、一人で食べる。

ハンモックフルネスは、他者から学ぶ依存期、自分でできる自立期、自立したもの同士が協力しあう共同創造期というモデルがあります。

自立した大人が遊ぶために必要なプロセスとして4人ソロキャンプを開催しました。

自分のことは自分でやりながら、みんなとも楽しみながら過ごしました。

曇りがちな天気
今回のハンモック村
みんなが火起こしに苦戦している中、とっとと鍋をつついています
スンドゥブチゲ鍋。〆にはうどんと卵。
火を絶やさないように
真剣に焚き火と向き合ってます
基本はお湯を沸かしてカップラーメン。これが美味いんだ!
冬の定番
おにぎりを焼いたりね
ハンモックと焚き火はよく似合う
今回初導入のエアロプレスGo。コーヒーがうまい!
副隊長の差し入れである是清さんの「あまのはら冬」が美しく美味い。
焚き火が瞑想的でリフレッシュ
無事に下山からの
高尾ビールで乾杯!

お疲れ様でした。

ハンモックフルネス楽しかったわ。

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なぜ教養を身につける必要があるのか?

こんな話を聞いた。

教養を身につけなさい。
さもないと愚痴、不平不満、悪口を言うようになるから。
教養を身につけるためには、好きなことをすること、好きなことをしている人に囲まれること。

教養とは何か?

そんなことを考えることがある。

僕は今日には、文化芸術が必要不可欠なのではないかと思っている。

勉強ができるだけでは、教養は身につかない。
親が興味があったかも関係するだろう。
学校教育も関係しているかもしれない。

僕自身は記憶にはないが、科学館、博物館、美術館に連れて行かれたらしい。
ハイキングや動物園もよく連れて行ってもらった。
そういえばお絵描き教室にもいっていた。
そんな原体験を持たせてもらって感謝しかない。

強烈に記憶にあるのは、小学校の時に見たピカソの絵。
人の顔ってこんなように見えているんだと衝撃を受けた。

中学時代には狂言を学校で見に行った。
演じてた人たちが、初めての試みだったようで、若い子たちに笑ってもらえて伝わっている実感が持てたと喜んでいた。
革新的な市に住んでいたから実現できたことなのかもしれない。

文化芸術って効率的な視点から見れば無用の長物にも見える。
生きるためのことが必要なことがもっとあるだろうという意見もある。

「教養」=「好きなこと」

そうとらえるとわかりやすい。

好きなことをしている人たちは、愚痴・不平不満・悪口を言っている暇があるなら、好きなことの話をしているだろう。

自分の興味があることに夢中になって、噂話なんかにうつつを抜かさないだろう。

自分が好きなことを愛でることは、人生を豊かにするツールだ。
周りの人たちとも無用なトラブルはなくなるだろう。

教養がある人たちと共に時間を過ごすのが好きだ。
その理由がわかったのだ。

教養がある自分でありたいし、そんな仲間を増やしていきたい。
その輪の中で笑っていたいんだ。

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読書会「自分の意見で生きていこう」

「自分らしく生きる」というのは僕のライフワーク。

本書では自分らしさとは、自分の意見だという。

僕たちが学校で学んできた「正解探しモード」という依存から自立するために「自分の意見を考えるモード」になることが重要だという部分を読んで、これが求めていたものだと思ったのです。

毎週1章ずつ読んで理解を深めていきます。

こんな人にオススメ

  • 自分らしく生きたい
  • 自分の軸を見つけたい
  • 自分自身を知りたい
  • SNSで発信がしたい
  • 情報社会を味方につけたい
  • 自分自身を表現したい
  • 自分の未来を考えたい

日時:1/26日〜3/9日(毎週水曜日)
時間:21時〜22時(延長30分まで)
場所:オンライン(Zoom利用)
参加費:14,000円
備考:Facebookグループページを作りサポートします。

すべて参加できなくてもOKです。

単発参加の方がいれば3,000円/回でお受けします。
この場合Zoom参加だけの提供になります。

読書会スケジュール(予定)

1)1/26(水) 「意見」とは何か、なぜ必要なのか
2)2/2(水) 「反応」だけではダメな理由
3)2/9(水) SNS時代に「自分」を創る
4)2/16(水) 生きづらさから脱却しよう
5)2/23(水) リーダーシップの最初の一歩
6)3/3(水) オリジナルの人生へ
7)3/9(水) 「意見」を持てるようになる4つのステップ

<当日の予定>

  • オープニングサークル
  • 10分読書
  • 気づいたこと、学んだこと、話したいことのシェア
  • 問いを作る
  • 問いから考えたことをシェア
  • クロージングサークル

学びを一段と深めるための読書会です。
共に学びを実践できるようにしていきましょう。

参加希望者の方は申し込みフォームからお願いします。
https://smoothcontact.jp/front/output/7f000001794294517a5e059cfc98626


自分から手をあげよう!

ネットが広がるにつれて、批評家が増えてきているといいます。

ある時にメンターに言われたことを思い出します。

「アドバイスはするな。手伝えることを提案しなさい。」

世の中は口を出す人は多いが、手足を動かす人は少ない。
だからこそ、実際に動いてくれる人は貴重なのです。

良かれと思ってアドバイスをする。
だけど言われた相手は何を言われているかわからない。
だから何も変わらないのです。

アドバイスした人は「アドバイスしたのに・・・」「あの時に言ったのに・・・」などと不平不満が生まれてくることさえあります。

むしろマイナスの影響を自分にも他人にも与える始末になってしまうんです。

口をださずに手をだすのです。

手をだすというのは、手伝うということです。

なぜ、こんなことを書いているかというと、僕もアドバイスをしていたから。

最近、マイブームの枯れ沢復活&蛍を飛ばす会
たまたまネットでウロウロしていたら見つけた活動なのです。
このnoteに書かれていた記事を興味深かったので参加を決めました。

自然環境を整えることがしたいと思っていたので、面白いことがアチコチに書かれている。
でも、もうちょっと読みやすくしたらいいのにと思っていました。
そして、このnoteを読んで、実際に共に活動する人が増えたらいいなと思ったのです。

「Noteの固定ページへの新規スケジュールを載せいただけると確認が楽です。」

なんて、生意気にもアドバイスをしたんですね。

「お時間を下さい。」

と返事をいただきました。

あっ!いかん!アドバイスしている。
それで最初のメンターの言葉が頭の中で聞こえたんです。

「アドバイスはするな。手伝えることを提案しなさい。」

すぐに行動です。

「良ければ、noteの更新のお手伝いしますよ。」

と伝えました。その答えは

「ありがとうございます。 超絶嬉しいです。 ホームページ(トップページ?!)の更新をどうしたものか、考えあぐねて先送りし続けて来てる現状でした。 提起していただき有難い限りです。」

という返答でした。

アドバイスは無意味だったということなんです。
自分と相手を同じだと考えてはダメなんです。
相手が「こうしたらいいな」と思ったら、自分が「こうする」ということなのです。
つまり「手伝え」ということなんです。

で編集作成したのが「はじめて「枯れ沢復活&ホタルを飛ばす会」のnoteを読む人へ」のページです。

僕もnoteは素人同然なので ーただし、ネット歴は28年で、ブログも毎日3000日以上更新したこともあったし、電子工学科を卒業しているしコンピューターには詳しいほうー 自分で調べてながらも、助けてもらおうとfacebookに書き込みをしました。

「【ゆる募】「note」を読みやすくしたり、読まれやすくするコツを教えて欲しい。」

そうしたら歌人の北詰至さんが反応してくれて、

「「読みやすく」を意識して、再構成してみました。」

と編集したものを送ってくれたのです。

それで作ったのがこの記事です。
『枯れ沢復活&ホタルを飛ばす会』第31回イベントレポート

そして、同時にアドバイスもいただきました。

  • 記事の要素を「目的」「考察」「活動」「レジャー」に分けて、要素ごとにまとめる
  • 目次を作る
  • どれも良い写真なので、写真が多く感じないように手を加える。
    具体的には、縦サイズを揃える、関連する文の近くに写真を置く、キャプチャを足す。
    キャプチャを足すと、文章の流れの中になじむように感じます。
  • 多くの人が記事を書いているハッシュタグを使う。
    例えば、#森 #林業 #里山 #高尾山 #自然体験活動 #生物多様性 #自然農法 #自伐型林業 #高尾 #枯れ沢復活 #土中環境
  • 本のような文頭の「一字下げ」はネットでは不要

僕にとっては、このアドバイスが役立ちました。
なぜなら、何を言っているのか経験上わかるから。
至さん!ありがとう!

結果、主催の方は非常に喜ばれていました。

僕自身は、感謝が欲しいとかではなく、やりたいからやったというシンプルな動機。
僕が満足できるものができたことが喜びです。

そして、何より「アドバイスするな。手伝え」を実践できたことが気持ちが良かったのです。

このシンプルな法則。
「アドバイスはするな。手伝えることを提案しなさい。」
をやってみることオススメします!

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子供に体験させてあげたいの罠

最近この言葉をよく聞く

「これ子供に体験させてあげたい。」

僕はこの言葉に違和感を感じています。

体験したいのはあなたであり、子供は違うかもしれないのです。

人は親や環境の影響が7割で、自由意志で選べるのは3割程度だと言われています。
最近の研究では、努力ができるかどうかというのも遺伝の影響だと言われています。
親ガチャという言葉はよくできているなと思ったりします。

子供は親の趣味に付き合わされます。
幼年期は親の影響が大きく、思春期くらいからようやく自分が選べることが増えてきます。

未来の子供達のためにと言いますが、未来の子供達が決めれば良いこと。
今、自分たちのためにやることが重要なのではないかと思うのです。

つまりは、未来の子供達にと思うのであれば、今の自分たちがやればいいのです。

誰かに何かを体験させる前に、自分が思う存分に体験することが重要です。

しかも、楽しいと思ってやっていることが重要です。

楽しそうにやっている人を見て、自分もやってみたいと思うから。

好きという感情は伝染するのです。

まずは自分が率先して楽しくやることが重要なのです。
これをリーダーシップと言います。

「子供に体験させてたい」「子供に体験させたかった」という言葉を言ったならば、まずは自分自身が思う存分に楽しんで体験することが重要なのです。

誰が思ってるのか?

これが重要で、親であれ、子であれ、違う人間なので、何がやりたいかは別ということ。

やりたいと思っている人がやるのです。

主語は自分自身にして考えるとわかりやすいかもしれません。

「これを子供に体験させてあげたい。」は、
「私がこれを子供に体験させたい。」であって、
「私がこれを体験したい。」となり
「私が体験した」から
「子供も体験したいと言ってきた」になるかもしれないのです。
したいというかもしれないし、したくないというかもしれません。

これが自立した大人の考え方なのではないでしょうか。

同じように「社会がこうなればいいのに」とか「国がこうなればいいのに」というのも自分自身がリーダーシップを発揮するチャンスがやってきているのかもしれません。

自分が中心となって自然と周りを巻き込んでいく。

シンプルなことなのかもしれません。

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土中環境を整えれば、枯れ沢は復活し蛍はやってくるのか?

高尾の北にある恩方の森に行ってきました。
ここには、土中環境を整えながら林業をしている人たちがいるのです。

日本のほとんどの山は、自然に作られた「森」ではなく、人間が作った「杜」である。
そして本来の「杜」は、神社などの神聖な場所を指している。
漢字を見るとこの「杜」という字は、「木」と「土」からできている。
人間が「土」を造り、その上に「木」を育ている場所が「杜」なのです。

実際に、古道や古墳は、土の中に炭や枝などの有機物を意図的に入れて、菌糸が土の中に縦横無尽に空気と水の道を作り、植物が菌糸を利用して根を張ることで、構造物を強くしているという。

そんな考え方を取り入れた「枯れ沢復活&ホタルを飛ばす会」に参加しています。

僕のビジョン

この会は、山に手を入れて整備すれば、枯れた沢に水が戻り、蛍が戻ってくると考えています。

今の僕が未来を想像してみると、蛍が飛ぶイメージが湧いてこないんです。

いや、飛ぶには飛ぶと思うのですが、蛍の繁殖地にはならないんじゃないかと。
なぜなら、この辺りの古地図や航空写真を見ていて、大きな沢になっていないから。
ただ、もっと時代を遡り、江戸時代とかそれ以前には水が流れていたかもしれない。

さらに言えば、この山の裏には採石業があって山が削られていたり、全伐された禿山があったり、トンネルも掘られてもいます。この影響も大きいです。

ただ、この枯れ沢流域の土中環境が整ったら水が流れるかもしれない。
ここの土を造ることで、苔や草や木が、風や鳥に運ばれて芽生えて杜ができていく。
その時に沢が復活すれば、日本中の里山に希望の火が灯るんじゃないかと思うんですよね。

僕がこの杜を想像してでてきたイメージが、教育としての杜なんです。
大学のような研究と教育が行われる場なんです。

アカデミックとは、それぞれのプロが自分で仮説を立てて検証し、それを周りと分かち合うことだと思うのです。
プロ同士が対話という切磋琢磨をして、人間の叡智を高め合うものだと思っています。

杜を通じて人間の持つ叡智を高め合うアカデミックな場所、そんなイメージが湧いてきたのです。

そのために蛍の会で何をすればいいのか?

勝手に提案をするのですが、僕が必要だと思うのはリーダーです。
今、主催の方は知識も経験もあり信頼できる方です。
ただ、手足が足りなくなっているのが現状です。

森の手入れ、しがらみ作り、マウンド作り、道作り、階段作り、炭作りなどの作業がありますが、そこにそれぞれの専門性を入れた指導ができるようになれば面白いなと。

例えば、本職が鍼灸師の方だったら「森のツボを見つけ方・手入れの仕方」なんてものがあっても面白いかもしれません。
本職が猟師の方だったら「獣に学ぶ道の作り方」とかも面白そう。
ハイカーの方の「道がない山の歩き方」なんかもできそうです。

しがらみ班の方はこちら、道づくり班の方はこちらとか、参加者がやりたい作業をやるためのリーダーがいて班分けができても良いですね。

それぞれのリーダー達が情報を共有するような研究会があったり。

作業班と炊き出し班があっても良いですね。
ジェンダーレスで、女性が山に入り、男性が飯を炊くのも面白そう。
もちろんその逆だったり、混合があったり。

楽しそうな人たちが集まってきて飛んでいるんです(笑)

そんな面白そうなイメージが湧いてきました。

僕の頭に浮かんでいるのは「この杜に来ると笑顔になる」そんなことだったりしています。
自然に触れることで人は元気になるのです。
そして、人とも触れあい刺激を受けることで成長していくのです。

土が木を育て、木が人を育てる、そして人が土を育てる。

循環が起きてますね(笑)

そんなことを想像した1日でした。

今日の活動

  • 焼き杭の材料を集める
  • 以前に道づくりのための土留のためのしがらみ視察(機能してました!)
  • 焚き火
  • 焼き杭作り
  • サツマイモを焼き、団子を焼き、かりんとうを焼く
  • お抹茶をいただく
  • 植樹した木のプレート作り
  • プレートの設置

充実してました。ありがとうございます。


ガマンをヤメよう!

ガマンが美徳だったのは昭和のこと。

自分を犠牲にして他者や組織を助けることを止めること。
一番大事なのは自分自身です。

なぜなら、自分が自分のパートナーだから。
生まれてから死ぬまで一緒にいる存在だからです。

我慢を止めると言うのは、難しい。
「やる」よりも「やめる」のが難しいのだ。

なら、どうするのか?

好きなこと、ワクワクすること、興味があることをすること。
そして、好きならば継続するために何ができるかを考えること。

好きがわからない時は、我慢をしていないかチェックする。
嫌なことをしているうちに好きがわからなくなる。

また、好きとは出会うものなのだ。
経験なしには好きもわからない。
自分自身に体験させてあげるのが大事なんだ。

新しい経験をすることも大事です。

それはもしかしたら好きではないかもしれない。
失敗することも大事なんです。
好きではないということがわかるから。

この好きと嫌いを体験していくからこそ、好きが磨かれていくのです。
好きの中に嫌いがあるし、嫌いの中にも好きがある。
これを知っていくのが体験なんです。

頭で考えているだけではダメ。
それは想像にすぎないから。
体を動かして実際に感じることが大切です。

我慢を辞めて好きなことをしよう!

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潔癖になっていく社会

社会はホワイト化していくという。

ブラック企業というキーワードが流行った。
ブラックとは悪の象徴でもある。

反対はホワイトであり、善の象徴だ。
白のイメージは、光、清潔、完璧、純粋などだ。

ホワイト社会とは、社会が良くなることを表しているわけではない。
社会が潔癖になっていくということ。

水清ければ魚棲まず

こんな諺があるが、人間って潔癖で生きるのは辛いんです。
なぜなら白もあれば黒もあるのが人間だから。

これがコロナ禍で加速している。
何事も手を洗い消毒液で殺菌をしている。
綺麗であることが美徳になっていっているのだ。

もちろん、このメリットはある。
インフルエンザなどの感染症が減っている。
病気にならず健康であることは良いことだ。

では、心の世界ではどうであろうか?

完璧であらねばならないという思考はメンタルを病んでいく場合が多い。
自分に対してきびしく、他人に対してもきびしい。
この考えが極端になれば、自分自身も周りの人たちをも攻撃していくことがある。

潔癖とは潔癖でないものを許さない。

日本社会を見ていると、科学よりも法律よりも、物語であったりマナーが大切にされる。
マナーとは昔からの習慣だったり、大多数の常識だったりする。

新しいことをしようとしたり、珍しい人をコントロールしようとするエネルギーが生まれる。
シンプルに言えば、排除しようとする。

みんなが同じなら問題は起きないからね。

社会がホワイト化していくとブラックが色濃くなる。
光が強ければ闇は深くなるのだ。

ポジティブなものだけがOKで、ネガティブなものはNGとなる。

人間の中にはホワイトがあればブラックもある。
ブラックを否定すれば否定するほど力を持つものだ。

社会がホワイト化していくことは避けられないであろう。
ネット社会もブラックなものは淘汰されていくことになる。

多分、匿名性って無理なんだよね。
AIの技術が進めば誰が誰なのか簡単に特定されるし、発言はネットの中に残り続ける。
発言しなくても自分の行動が記録されていくかもしれない。

ネガティブな発言は匿名だったとしても、ネット上では消した方が良いし、発言しないほうが良い。

きっと僕らのようなメンタルを扱うプロの手助けが必要な社会が来る。
ポジティブがあればネガティブが必ず存在するから。
それが人間だから。

自分の中にあるネガティブをどのようにしていくのか?

これがこれからの社会に必要になっていくであろう。
人は間違いを起こす。それを受け入れるような社会。
そして自分の間違いを許せる自分であること。

水清ければ魚棲まず

人が幸せになる方法を伝えていこう。

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