ドラマは感情労働させるものなのか?

もう起業する頃から20年以上毎週読んでいる山田ズーニーさんのコラム「大人の小論文」。何回かほぼ日にも投稿したりしたこともありました。懐かしい。

最近はxでポストすることも多いですね。今回のテーマはちょっと考えてみたいと思ってブログに書きます。

僕らの若かりし頃はトレンディドラマと言って、誰もがテレビドラマを見て、学校で語りあったりするのが日常でした。月9とか懐かしい響きです。

そういえば、いつの頃からかドラマを見なくなりました。

思い返せば、心理セラピーを学びはじめて、作り物のドラマに面白みを感じなくなったのを思い出します。実際の人生ドラマのほうが興味深いのですよ。現実は小説より奇なりとはよくぞいったもので、リアルな経験は感情がより動くのです。

さらに心理セラピーを学び続けていて「ドラマを作らない」というテーマに出会います。自分の起きた出来事を必要以上にドラマにして、自分を悲劇のヒロインだったり英雄きどりのヒーローだったりにしないということです。感情はポジティブにもネガティブにも動きます。さらにはエネルギーのようなものなので、ポジにいけばネガにもいくのです。まるでジェットコースターに乗っているかの気分になり、疲れてしまうのです。

ズーニーさんがコラムで言っていたいわゆる感情労働です。

ハラハラ、ドキドキするようなドラマは流行らず、ハッピーエンドが約束されているドラマが主流になるのだそうです。考察としては情報があふれてしまい、人間の処理能力を超えてしまっているからだとコラムではされています。

感情の大元は「戦うか・逃げるか」という生命の危機が陥った時に発動されるサバイバルモードのスイッチのためにあるものです。アドレナリンがでて戦闘モードになります。これは戦ったり、逃げたりして肉体を使えば消費されて何事もないかのように戻るのですが、現代のように頭だけで体で使われないと毒になると言われています。

ドラマもタイパと言って、2倍速、3倍速で見たりするそうなんですが、最近のドラマの密度も濃いです。ドラマのお約束があってその裏にある情報まで吸収してしまえば何十倍もの感情の負担が増えるでしょう。さらっとしたドラマが好まれるはずです。情報量は増えても感情量を減らさなければならないでしょう。

本当に疲れている時って、見た後に何も学びのないドラマを見るのも大事だと誰かが言っていました。癒しのあるドラマって中身がないらしいのです。

でも、それならドラマを見る意味があるのかと言われれば、僕はないと思ってしまうんだけど、暇を潰すには必要かもしれないと思ったりもするのです。

だから、最近、お笑いを見るのが好きなのかもしれません。ただ笑っていたいみたいなこと。そしてたまに驚きがあるというのが良いのでしょうね。

といいつつ、最近見たドラマで良かったのはフォールアウトです。正義は誰にでもあるし、誰にもないと思ったりするくらいに価値観が揺さぶられるドラマでした。でも、見やすかったんだよね。

どうしてだろう?

昔話やお伽話もハッピーエンドが多いのはなぜだろうか。やっぱり人はハッピーエンドを信じたいのではなかろうか。未来に希望があるのが幸せに生きるコツではないからか。それとも現実が厳しい時に夢をみたいのが人間なのだろうか。

そうそう、心理セラピーの話に戻すと、「ドラマを作らない生き方」は、淡々と行動していく毎日になります。自分がやりたいことにむかって淡々と行動していく。ドラマはないので感情的には静かな感じなんです。この境地に何回か入ったことがありますが、僕にとっては平和な感じがしました。静かで穏やかな毎日なんですよね。

感情ストレスを取り除き、信じ込みや思い込みを外して、ニュートラルな自分になれば、淡々とした日常が待っています。僕はこの感覚が好きなんですよね。

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