孤独を避ける

孤独を必要以上に恐れていないだろうか?

昔から村八分という言葉がある。
村人全員が特定の人を無視するというやつだ。
これはイジメという形で教室で起きることもある。

便所飯という言葉もある。
一人でご飯を食べるぼっち飯をみられるのが嫌でトイレでご飯を食べるというやつだ。
人にどのように見られるかを過度に気にすると起きることがある。

孤独死という言葉もある。
一人暮らしの人が誰にも発見されずいつの間にか死んでいたというやつだ。
一人で死ぬことは孤独なのだろうか。

映画を見たんです。
ノマドランド

僕自身は自分の未来を投影して恐怖を感じたのでした。
自由を求めて生きてきた人の終着点みたいな感じがしたのです。
うちのかみさんと一緒に見て、彼女が言った言葉が

必要以上に孤独を恐れていないか?

世間が孤独は不幸みたいなジャッジをしているにすぎない。
本当に孤独はネガティブなものだろうか?という問いをもらった。

多様性のある社会ということが言われているけれど、多様性ってみんな違うこと。
その違いを尊重することが多様性がある社会。

しかし、人は本能的に同じものと違うものを区別する。
区別するだけでなく差別する傾向がある。
なぜなら、自分や自分が所属するコミュニティと違うものは排除すべしという本能がある。
これが群れを維持して人類が張ってしていく過程で身につけたものだ。
時代が時代なら群れの中で違うと認定された人は殺されていたのだ。

現代ではあるコミュニティを追われても他のコミュニティに所属すれば良い。
人がつながれる人数は100人程度と言われている。
また民主主義の最適な人数は3万人とも言われている。
いわゆる相手が見えたり想像できたりする人数がこれくらいなのだ。

孤独は本当に悪いことなのか?

あるメンターは「孤独は前提条件でしょう」と言っていた。
孤独を感じるのは当たり前のことなのだ。

人は一人で生まれてきて一人で死んでいく。
これは生命として当たり前のことだ。

孤独を恐れるのではなく、孤独のその先にあるものを見つける必要がある。

孤独を恐れるということは、自尊心を失うということにもつながる。
自分で自分を認めていないと誰かに承認されなければやっていられなくなるのだ。
認めてくれる他者の存在が必要になる。

孤独のその先にあるステージ。

そこに辿り着けるだろうか。いやたどり着くのだ。

自然の中で一人で行動すること。
これは自己責任を強く感じることができる。
いくら悪態をつこうが、誰のせいにすることもできない。
すべてが自分に返ってくる。

自分で感じて自分で考えて自分で決めて自分が行動する。

孤独の先には大人の階段のゴールがあるんだろうな。
今年は孤独を超えた世界を垣間見るコンテンツを作りたい。

ノマドランド。これは映画を見る年代で感想が変わるであろう。
50歳を超えた成熟した大人にオススメな映画だった。

■フリースタイル・コンテンツ紹介

■ハンモックフルネス
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https://www.hammockfullness.com

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