最近の若いことたちは、自分たちの仲間と認識した人だけを大切にして、それ以外の人はいないものとして無視するのだそう。
いわゆる「世間」というものはないみたい。
だから、電車でお化粧をしたり、道路でたむろしたり、自分本位の行動ができるのだそう。
周りの人たちからどう思われようとは全く気にしないんだけど、仲間からどう思われるのかはむちゃくちゃ気にするのどうです。
僕らが若い頃にも「仲間さえよければ、、、」と思っていたのだけれど、年を重ねるにつれて周りが見えてきて、「世間」というものができてきた気がしています。
今は「世間」にどのようにして貢献できるのか?という問いも考えることが多いのです。
若い頃の「世間」は、自分たちの見える人たち、家だったら「家族」、学校だったら「教室」ですね。とても狭い世界です。
ただ、親や先生から「常識」とか「みんな」とかいう言葉を使われてコントロールされてきたこともあります。幻想の中の世間ですね。
それが加速しているのは、仲間内の同調圧力が僕らの時代よりも強いのではないか。
本当は自信がなく、周りからの承認がはじめて自分を認めることができるのではないか。
ネットが当たり前になり、世界が広がりすぎて何かあれば炎上したりする恐怖があるのではないかと思うのです。
みんなの前で怒られるのも褒められるのもイヤみたい。
目立ってしまうと周りの仲間から攻撃される恐れがあるからでしょう。
注目は暴力のように感じているのかもしれません。
周りの人たちをモブ扱いしなければ、やってられないのが現状なのかもしれません。
アニメや漫画、ゲームなどの作品に登場する、物語に深く関わらない「その他大勢の群衆や脇役」のことのです。
自分の仕事や生活には関係ない人のことです。
孤独が大前提だということに気づくといいのかもしれない。
「捨てる神あれば拾う神あり」といいますが、自分を受けれいてくれる居場所は必ずあります。
そんな場に出会ったり、創ったりすることが大事なのかもな。
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