誰にも愛されない #心の癖

誰もが心の癖を持っています。

時にこの癖が顔をのぞかせて邪魔をしてきます。

この癖は幼少の頃の体験が原因となっていることが多いです。

僕自身もセラピーで心の癖を解放してきました。

心の癖とは、感情をベースとした思考の癖だったり、行動の癖だったりします。

その正体は思い込みや信じ込みと呼ばれる自分自身が創り出した幻想です。

 

プロセラピスト上田正敏です。

この心の癖は誰もが持っていて、こじらせると鬱になったりします。

病気になったりすることもあるのです。

この癖は解放できるものありますが、なかなか自分の癖として残っているものもあるのが実情です。

 

持って生まれた才能と同じで、持って生まれた癖というものもあります。

才能も特徴にすぎず、ポジティブな面を使えば才能になるし、ネガティブに使えば欠点にもなります。

この場合の心の癖は、受け入れることが大切です。

 

この心の癖はライフワークつながる可能性が高いのです。

一生をかけて付き合っていくテーマがライフワーク。

生まれてきた目的と言ってもいいものです。

 

僕自身は

誰にも愛されていない。

という幻想にやられる時があります。

 

受け入れてもらえないんじゃないか・・・

嫌われているんじゃないか・・・

相手にされないんじゃないか・・・

 

頭に浮かんで来るこの独り言が、自分自身を縛ってしまうことがあるのです。

この心の癖があると人間関係が難しくなってしまいます。

誰にも会いたくなくなるからね。

 

こんな心の癖を持っている人は、愛というテーマがライフワークかもしれません。

愛されることを許し、愛することをおこなうということ。

パートナーや家族を愛すること、仲間や社会を愛すること、世界や自然を愛することです。

 

究極的には、すべてから守られているとか愛されているという感覚を持てるかかもしれませんね。

何にもしなくて愛されているということを信じているということ。

信じているということは意識しているよりも、自分にとっての無意識のことかもしれません。

受け取っていることが、与えられることです。

愛されているから愛することができるということ。

西洋的な考え方ですね。

東洋的に考えるとすべてのものとつながっている感覚を持つことです。

 

この罠から抜けるには、パートナー、家族が大切になります。

血縁である親や祖父母、親戚との関係を味わうこと。

血縁ではない一番近い関係性であるパートナーとの関係を見直すことが大切です。

 

親に会って愛されていることを実感し、祖父母に会って愛されていることを実感し、パートナーといろんな話をしてパートナーシップのことや将来の夢について確認をしました。

すると、自分の心の中に平安が訪れました。

 

自分自身の強さを味わうには生きているという実感が大切です。

僕は単独で山などの自然の中に入っている時に感じやすい感覚です。

これは生命力です。

 

愛されるというのは関係性です。

一人で感じるのではなく、関係性の中にある美を見出すことです。

ないと思い込んでいると見つけることはできないので、あると信じて見つけることです。

ただあるものを受け入れるだけの行為です。

 

心の癖って誰もが持っています。

その癖を知り、対処法を知ることが大切です。

問題と解決法は必ずセットであるのです。

 

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無能を認めると楽になれるのだ!

「苦手なものがないように、がんばりなさい。」

「できないことを、できるようになるまで、がんばろう。」

「やればできる子なんだから、がんばってやろう。」

と親や世間から言われて育って来ました。

 

教育というものは欠点の克服という側面があるし、欠点を克服することがカッコいいと思っている節があります。

無能から有能になる物語では、男性は修行して頑張ります。

ビジョンを達成するとか、ミッションを遂行するとか、男性性の物語です。

 

で、衝撃的な本に出会ってしまったのです。

著者の橘玲さんの著書は言ってはいけない 残酷すぎる真実で衝撃を受けて、注目をしている人です。

 

この本では、幸福になるための3つの資本について書かれています。

この3つの言葉を僕的に表現すると「お金」「才能」「人間関係」です。

この3つの資本をどのように使っていくのかを具体的に書かれているのが本書です。

ガツンとショックを与えるような論法で現実を見させてくれる本です。

 

僕はこの本で衝撃を受けたのは2つ。

風俗界にデフレが起きている。性が売り物にならない時代がきている。

仕事で鬱になるのは、自分に才能がバレるのを防ぐため。

というなんともいえなくなるような衝撃な事例が書かれています。

 

この2つ目の鬱について、自分について思いを巡らせました。

僕が起業したのは、やりたい仕事ができたことです。

ただ違う仕事をしようと思ったのは、仕事が嫌になったことがキッカケです。

ここまでは気づいていました。

 

僕自身は鬱になったわけではないので病気を理由に辞めたわけではありません。

自分のことを振り返ると、実は仕事では無能だったのではないか疑惑が、自分の中で芽生えました。

 

新入社員で研究所に配属されました。

同じ部の同期は、東大卒と東工大卒。優秀なエリートです。

他の部の研究所に配属された同期は、旧帝大だったり、いわゆるエリート大卒が多かったです。

優秀と言われる人が多かった。

変わった人間も多かったような気もしますが・・・

 

配属されて、データベースシステムだったり、遠隔監視システムだったりの開発で、主にコンピュータのプログラミングを中心になんでもしていました。

簡単なプログラミングは大学や大学院でやっていたんだけど、優秀な後輩がいたので、何かあるとお願いをしてまかせていました。

会社に入ってから一から学んだのがプログラミング。

プログラムは組めるんだけど、さっぱりわからない自分がいました。

わからなければ、つまらないし、好奇心もわきません。

この分野で、僕は無能だったのだと思います。

 

これを会社を辞めて17年。

ようやく認めた気がしたんです。

嫌だから会社を辞めたという上から目線で見ていたんだけど、自分が無能だということがバレたくなくて会社を辞めたのです。

そう気づいたら、とても気が楽になりました。

スーッと何かが流れていくようなそんな感じがしました。

 

無能がバレないように演じるってエネルギーを消耗するのです。

 

無能がダメなわけではありません。

僕自身は、人の中には、無能レベル、普通レベル、秀才レベル、天才レベルがあると思っています。

秀才レベルは努力して身につけた能力であり、天才レベルは持って生まれた才能です。

 

人は何が無能ならば、他に有能な部分があると考えています。

学校で落ちこぼれているなら、学校以外で評価されるような才能があるのです。

勉強が一番大切だとは言えないのです。

世の中にでると学校の勉強では通用しないことが山ほどありますから。

 

大学院時代を思い出してみても、周りは優秀な奴らばかりでした。

例外はいましたが、基本的に優秀な人が多く、今でも企業で活躍しています。

この時のことを思い返してみると、勉強や研究以外で研究室のポジションを獲得していたのを思い出します。

 

今思うと、チームワークだったり、リーダーシップだったり、観察力だったり、企画力だったり、決断力であったりと、勉強以外のことで活躍していました。

具体的には、合コンだったり、鍋パーティーだったり、旅行だったり、学生生活を豊かにするようなことに能力を発揮していました。

研究関係ないじゃん(笑)

人が多く集まってくると必要な人材ということなのかもしれません。

 

クライアントさんに人事関係の人が多いのも実はメインストリーム以外の部分に才能があるのかもしれません。

 

自分が無能だと気づいたら、縁を信じて流れていけばいいのかもしれません。

僕は、誰もが社会に必要だから存在すると思っています。

誰一人無駄な人間はいないのだと。

 

無能なことでがんばるのではなく、有能なところでがんばればいいのです。

がんばるとは無理をすることではありません。

自分が好奇心があるところで、自分ができることをやっていく。

 

幸福の「資本」論的にいえば、人的資本である自分の好きなことを徹底的に磨き、自分を評価してくれるコミュニティに属することです。

そのためには自分の無能性を認め、自分の天才性があると信じることです。

天才性って、自分的にはできて当たり前だと思っていることなので、まず気づかないものです。

自覚ないのが普通です。

自分の持って生まれたギフトなので、一人ではわからないものです。

才能って比較ですから、多くの人から知らず知らずに感謝されている部分があるかもしれないのです。

 

私は無能だ!

 

というのは

 

私は天才だ!

 

と言っているのと同じかもしれません。

無能だということを受け入れる。

天才だということも受け入れる。

これはセットなのかもしれません。

 

 

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ホモデウスに人は進化するのか?

人類は今まで「死」を克服するためにエネルギーを注いで来ました。

飢え、疫病、戦争という3大テーマがあったのです。

この3つのテーマはほぼ解決してしまったのが現在。

 

これからの時代の3大テーマが変わってくると言われています。

不死、幸福、神性です。

 

プロセラピスト上田正敏です。

これらのことはサピエンス全史の著者が言っていることです。

これは過去について書いたもので、さらに未来について予想した本もでました。

この本に、不死、幸福、神性についての洞察が書かれています。

 

まだ僕自身は読んでいないのですが、聞いた話で想像を膨らますと気づきがやってきました。

そう、ずっと考えて実践してきたことが人類のテーマであったということです。

 

不死は健康です。特に健康寿命を延ばすというのが近々の課題。

予防医療もそうですね。

病気になると行動がしずらくなる。

 

幸福は幸せです。人はどうしたら幸せになれるのかもテーマです。

個人セッションの現場では、個人の健康、身近な人たちとのパートナーシップ、社会とつながる仕事やお金。

これが三大テーマです。

1人(個人)、2人(パートナーシップ)、大勢(社会)です。

幸せになるためにはこの3つをステップとして捉えています。

ソースワークショップを通じて僕が伝えたいことです。

つまり、人は誰もが幸せになれるということです。

どんな状況でも幸せであることはできるのです。

 

神性とは何でしょう?

僕は完璧な人間が神であると考えています。

自分が特別な存在であるということ。自尊心にもつながります。

私が神であるということを認めるということは、誰もが神であるということでもあるのです。

これも一歩間違えると自分だけが特別な神であると思ってしまうと傲慢になってしまう危険性はあります。

いわゆるエゴというものです。

エゴの近くに本当の欲求があるので、エゴを満たすことは重要でもあるのですが・・・

 

神というと宗教のように思えますが、宗教の本質は人が集まることです。

社会的にみるとコミュニティって宗教と同じ役割をしています。

宗教性はコミュニティだと思っています。

人で集まるのか、考え方で集まるのか、どちらも同じことです。

神は死んだとある哲学者はいいましたが、神性は残り続けています。

人間である以上、本能的に集団に属することを求めてしまいますから。

紙版はこちら

特に下巻が面白いらしい

kindle版はこちら

これからの時代を読むのに必読な1冊となりそうです。

さて、買おう(笑)

 

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言葉にならないことを言葉にする

個人セッションの中で重要な要素のひとつが、言葉にならないことを言葉にすることです。

思考というものは言葉でするものなので、考えていることは言葉になっていると言ってもいいです。

言葉になっていないことで一番大切なことは感情です。

モヤモヤする、スッキリしない、イライラするみたいなものは、感情が言葉になっていないことであることが多いです。

 

プロセラピスト上田正敏です。

人は感情から行動をしています。

感情は英語でエモーション。行動はモーションです。

エネルギーに行動を足したものが感情です。

emotion = e + motion

e = Energy

 

思考から行動をしていると思っている人は多いと思いますが、実際には感情エネルギーが入らなければ行動することはできません。

嫌々やらされていることは思考で強引にすることはできます。

自発的に動くことに関しては感情が鍵になります。

 

感情にはネガティブなものとポジティブなものがあります。

ネガティブな感情から行動するのは、生き残るための本能です。

ポジティブな感情から行動するのは、愛とか創造とか自由から動く高尚なものです。

どちらも生きるためには必要なものです。

 

この感情は言葉になっていないことが多いのです。

感情が潜在意識をコントロールしていると言っても過言ではないです。

ちなみに顕在意識は言葉になっている思考であり、内臓や細胞が自動的に動いているのは無意識であり身体意識です。

 

言葉になっていないということは、無自覚に感情に自分自身が支配されているということ。

物事がうまくいかない時には、ネガティブな感情が関係しています。

自覚できていない感情が悪さをしているのです。

 

例えば、動けない時、怒りが収まらない時、自分を責めてしまう時、何も感じない時、どうしようもない時など、ネガティブな感情が関係しています。

不思議なことに、自分が感じている感情を意識できると、ネガティブな感情はポジティブな感情に変換されていきます。

これが個人セッションでやっていることですが、普段でも言葉になるとスッキリすることがあるのと同じことです。

これを他者の力を借りてやることで時間の節約だったり、優しく自分を見つめることができるようになります。

 

自分の中にある感情を言葉にすること。

普段は言葉になっていません。

なぜなら先ほども言ったように感情ってエネルギーにすぎないから。

アーティストは、感情エネルギーを表現するのが仕事です。

言葉にする人もいれば、身体で表現する人もいれば、絵に描く人、音楽にする人など様々な表現につなげていくことができます。

もちろんアーティストでなくても誰でも感情エネルギーを表現することができます。

ビジネスも表現活動になる場合も多いです。

 

ポイントは自発的であるということです。

誰かの期待に応えるわけでもなく、誰かにやらされているわけでもなく、流行にのることでもなく、自分の内側から起きる情熱に従って動くことです。

 

自分がやりたいからする。

 

シンプルな動機になります。

そのために、自分の感じていることを言葉にすることは大切です。

僕がブログを書いているのも、自分の感じていることを言葉にする練習を積み重ねているようなものです。

面白いのは、考えたことを書いているわけではありません。

自分の中から出てくる言葉を書いているだけです。

書いてから、「あぁ俺って、こんなことを考えているんだな。」とか「こんなことを感じているんだなとわかるのです。

ただ書いているのです。

 

自分自身に共感をする行為です。

今この瞬間を切り取る作業です。

 

もし、モヤモヤしていたり、イライラしている時には、言葉にならない想いがあるのかもしれません。

それが問題を解決したり、望むことをやることにつながっていきます。

 

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自分が決めると世界は変わる

うちのかみさんにセッションを頼む。

先週開催したワークショップでの無意識の変化が、顕在意識がついていけない。

体の欲求に対して頭がついていっていない状態で混乱していたのだ。

 

メンタルトレーナー上田正敏です。

自分のメンタルを自分で見ることはとても難しいのです。

アンカーとなって客観的に見ながら伴走してくれる人が必要です。

僕の一番の師匠は、うちのかみさんです。

彼女ほどニュートラルに僕を見てくれている人はいないのではないでしょうか。

生粋のセラピストですしね。

 

自分の欲求や欲望を思うがままに書き出しました。

途中、絵を描きたくなって絵も描きました。

当初は宝くじが5億円が当たったらやりたいことみたいに、条件付けで欲求を書いていました。

頭ではそれくらいお金がなければできないと信じていたのですが、実際には5万円もかからず実現できることでした。

色々とあって50万円くらいになるかもしれません。

100分の1、いやいや1000分の1で、実現ですよ。

これが頭が作り出すマジックです。

やらない言い訳というやつなんです。

たまに、こいつに僕もやられます。

 

セッションを受けて、翌日に期限を決められて、すぐにやりました。

できることは、すぐにやるんです。

やると世界が変わるんです。

 

なぜなら自分のいる次元が変わるから。

世の中がパラレルワールドがあるとしたら、今までの同じことをしている世界と違うことをした世界があるのです。

違う選択はいくつもあるから、無限大に未来は存在するんです。

行動をすれば未来は変わります。

しかも次元上昇をして。

いつもと同じ選択をすれば、いつもと同じかと思いきや、ちょっとずつ劣化した未来が手に入ります。

時間が流れるということは年をとるということだし、死に近づいていくことですから。

 

行動すると世界が変わるんです。

世界は行動でできているんじゃないかな。

その中に本当の自分を見つけることができます。

 

自己イメージが変わり、自信が増えて、人間関係も変わっていきます。

自分が自分の一番のパートナーだということがわかります。

頼れる自分って大事なことなのです。

それがわかると、必要なご縁はつながるし、不要な縁は切れていきます。

 

そして、さらに大きな気づきが現れました。

私は先生になってもいい。

という言葉です。

 

先生とは尊敬されている存在です。

心から先生になりたかった自分を見つけました。

 

権力者になってはいけない。上下関係は嫌い。対等が大切。

そんなことを思っていたんだけど、ぶっちゃけどうでもいいのです。

 

尊敬されて頼りになれ大事にされる存在である先生であっていいのです。

そんな先生が、気さくに対等でいてくれることが大事なのです。

 

対等になるために相手に舐めれられたりへり下る必要はないのです。

そんな関係性はまっぴらゴメンなのです。

 

気づきって本当に面白い。

気づいて、自分で決めたら、世界は変わります。

一瞬でまるで魔法のようです。

 

心の変化は一瞬です。

心が変わると、振る舞いや態度が変わっていきます。

そうなると現実が少しづつ変わっていきます。

物理の法則があるので現実は、心の世界よりも変化はゆっくりです。

 

淡々と自分らしくいこうぜ!

僕ができることは誰でもできることです。

もし、一歩が踏み出せない人、心にブロックがある人はサポートします。

 

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被害者が加害者を作る

被害者が加害者を作ることがある。

「自分が被害者なんだ」という思いこみがあると、「周りは加害者である」と信じてしまう。

加害者にされたものは、自動的に加害者モードに入る。

 

メンタルトレーナー上田正敏です。

加害者と被害者とは、いじめっ子といじめられっ子の関係と考えるとわかりやすい。

いじめっ子がいるから、いじめられっ子ができると考えるのが普通。

いじめられっ子がいじめっ子を作るパターンもあります。

 

これも人間関係の力学で、無意識にいるとはまってしまうパターンです。

 

被害者が持つパターンとして、加害者に罪悪感を抱かせてコントロールしようとします。

被害者が加害者を思いどおりに操ろうとすることがあるのです。

 

加害者はこの罠にはまってはいけません。

相手の挑発に乗らないことです。

 

被害者は、優しくもらってして当然。

と考えていると、優しくしてもらえなければ、被害者モードに突入します。

加害者を攻撃して、加害者からの反撃を待ち、反撃されると被害者になるということを無意識にすることがあります。

加害者はこのパターンに乗らないことです。

 

なぜ、それが必要なのかといえば、対等性が人間関係の重要な要素になるからです。

人は無意識でいれば、ポジティブの役割とネガティブの役割に分かれます。

人は無意識でいれば、自立の役割と依存の役割に分かれます。

これは本能的なもので、どうしようもありません。

 

でも、人間には本能を超えたものも備わっています。

これを超えるには俳句を詠んだり詩を書いたりするような文化レベルの高さが必要なのです。

人間が持つ最大の力である選択の力を使う必要があるのです。

 

挑発に乗らないって、1つ上のレイヤーで達観する必要があるかもしれません。

被害者の人は「他人がしてくれることは当たり前」と感じています。

無害者の人は「他人がしてくれることは有り難い」と感じています。

 

感謝って、ものすごく文化的なものなのかもしれないと思う今日この頃。

「ありがとう」って人間が人間たる言葉なのかもしれません。

 

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反省は一瞬、後悔はするな!

ワークショップ中にでてきた名言です。

これは何かと言えば、失敗をした時の対処方法です。

メンタルトレーナー上田正敏です。

日本人は反省大好き。

何かと反省会をやりがちです。

そして、反省とは自分を責めるということです。

「なんで自分はできなかったんだ!バカバカバカ!」

これは反省でなく後悔です。

罪悪感を使って自分を罰する行為です。

これって意味ないことなのです。

過去と他人は変えられないという名言があるのですが、過去は変えられない。

変えられないものについて、ずっと自分を責めるということは、一生責めることができるということです。

それは無限地獄です。

後悔はしてはいけないのです。

では、何をすればいいのかといえば、健全な反省です。

反省とは、失敗したことに対して「その時に自分が何ができたか?」という問いを持つことです。

つまり、失敗しない方法を考えるということ。

イメージの力を使って、その時の状況をやり直してみるということです。

様々な解決方法が見つかります。

「今度は、こうやってみよう!」という方法が見つかります。

この解決方法を持って入れば、未来にまた同じようなことが起きた時に、同じパターンに陥ることを防ぐことができます。

これもずっと反省していてはいけません。

パッと反省するのでいいのです。

長くやればいいというものでもないのです。

一瞬で終わらせていいのです。

もしも、同じパターンを繰り返すなら、それは自分の中に感情的なブロックがあったり、思考的なブロックがあったり、自己イメージのブロックがあったりするので、それはプロにおまかせ下さい。

自分でできることは、一瞬の反省です。

さて、今日は後半戦。さらに無意識の領域に突入してさらなる進化をしていきます。

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ポジティブシンキング?

ポジティブシンキングが良いと思っている人が多い。

本当にそうなのだろうか?

ポジティブシンキングとは何だろうか?

メンタルトレーナー上田正敏です。

ポジティブと対になる言葉があります。

それは、ネガティブ。

ポジティブとネガティブって両方存在するのです。

どちらかだけがあるということはない。

自分の中にポジティブもネガティブもある。

集団の中にもポジティブな人もいればネガティブな人もいる。

プラスマイナスでゼロになるものです。

ポジティブシンキングというと、ネガティブを考えないという人がいる。

ネガティブを否定すると、見えなくなるような気がするだけで、実際にはある。

そして、うすうす気づいているので、ネガティブの影響力は否定すればするほど大きくなる。

ネガティブに影響力というエネルギーを与えるのは否定だ。

意識的にも忘れることに成功した人もいる。

それを回避と呼ぶ。

ネガティブを回避しても、あるものはあるので、影響を与えるのだ。

しかも巧妙な形で。

心の持つ巧妙さである。

じゃあ、どうするのか?

ネガティブと向き合う必要があるのです。

そしてネガティブを受け入れることです。

ネガティブを受け入れて、ポジティブを信じることが大切なのです。

ポジティブ・ネガティブと名前をつけているだけで、どちらも重要なことなのです。

これが感情エネルギーをあつかう基本です。

ポジティブとネガティブはコインの裏表。

陽極めれば陰となる。

ネガティブとポジティブを統合した先にあるニュートラル。

この在り方が理想です。

週末は自己尊重のワークショップ。

感情エネルギーをあつかって、ニュートラルな自分を取り戻します。

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問題解決思考の2つのパターン

人間関係の問題が起きた時に、無意識の力学が働く。

加害者と被害者という関係性を作る。

上下関係、親と子、上司と部下、男と女、国家と個人、、、

前者が加害者で、後者が被害者になる。

問題と感じるのは被害者だ。

被害者は問題解決する責任を持つのは加害者だと考える。

加害者側が被害者側に寄り添うことを求めようとする。

これは依存している人の思考なのだ。

そして依存は被害者意識を持つ。

もちろん被害者なのかもしれないが、その思考では問題は解決しない。

なぜなら加害者は問題とすら思ってもないからだ。

被害者がリーダシップをとって解決する必要がある。

ところが、被害者はフォロワーなので、リーダーシップをとるのが苦手。

だからずっと加害者が変われば良いと思っているので、問題は解決しない。

プロセラピスト上田正敏です。

人は被害者になりやすい。

誰かのせいにしている時は、99%被害者意識にやられている。

もちろん被害者なのかもしれない。

でも、被害者を演じていても被害者でいるだけで何も変わらない。

運良く加害者側が変わってくれれば変わるのにと思っているが、1%も起きれば幸運だ。

加害者側が変わる方法を考えても、無駄だ。

もしかしたら自分が加害者側になった時に役立つかもしれない。

それを実行するためには、自分が加害者である自覚を持つことができるかが鍵を握るが、加害者は蜜の味なので難しいのが実際だ。

問題意識なんてないからね。

加害者側が変わろうと変わるまいが、被害者のポジションになれば、自分が変わることを考えて、選択し、動くことが大切となる。

被害者とは、問題意識を持っているということだ。

問題を問題と意識できる人だけが、問題を解決できるのだ。

誰もが問題解決者になれるわけではない。

被害ポジションにいれば、革命を起こすくらいに勇気を持つ決断が必要かもしれない。

もしかしたら革命に成功したとしても、今度は被害者から加害者に変わっただけかもしれない。

それを老害というのだろう。

時代は動いていく。

被害者、加害者を経験して、無害者になる道もあるが、この道に進める人はごく一部だ。

失敗する人の多くは被害者のポジションから無害者にいこうとするから。

これをするといてもいなくてもいい人になる。

これは無害者ではない。

問題意識を持ったのがあなたなら、あなたが解決する人になるのだ。

このシンプルな法則を知っていた方がいい。

そして解決する力を持って生まれてきているはずなのである。

僕はこのことを確信しているのだ。

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空気を読む子供

某ワークショップで、違和感を感じる子供がいた。

なぜ、そう感じるだろうと観察すると、大人の顔色を見て、大人が喜びそうなことを言っていたのだ。

自分の興味よりも、大人に褒められることを目的にしているようだった。

メンタルトレーナー上田正敏です。

褒められたい。

褒められると嬉しいというのは本能的なものだ。

ただ、この価値観を一番にしていると自分の興味が何かがわからなくなる。

自分軸ではなく他人軸な生き方になることが多い。


良い面としては、空気を読めるようになるということ。

相手の気持ちだったり、この現場で何が求められているのか読み解く力があるということだ。

その場に、親もいたんだけど、文化的なものなのか、

「こういうように、家でもやって欲しいだけどな。」

と謙遜のような、嫌味のようなことを言う。

当然ながら、他の大人たちは

「えらいね。」

と褒めまくる。

なんだか微妙な空気の流れを感じていた。

きっと子供は他人ではなく、親に褒められて認められたかったのでしょう。

そんな心の叫びを聞いたような気がした。

それと同時に、子供への違和感もあった。

なんで、周りをじーっと見て、何を求めているのか読み解こうとしているように感じたから。

大人へのご機嫌取りをしている姿だったからだ。

子供は大人たちをよく見ている。

大人が気にいるようなことを、わかってやっている子が一定数いる。

無邪気な子供もいるが、しっかりと何を求めれているのかをわかっている子もいるのだ。

僕なんかは、小学校の頃に先生から天邪鬼だと言われたことを覚えている。

実際に、空気は読むが、その空気に従いたくない自分がいたからだ。

こういえばいい、こうやればいい、わかっているのにやりたくない自分がいた。

反抗期と呼ばれる青年期ではなく、まだ幼年期からだ。

周りの空気を読むと言うことは、自分の気持ちを読まないということだ。

自分の外に焦点をあてるか、中に焦点をあてるか、どちらかしかできない。

自分がわからなくなる時は、外の空気を読んでいる時だ。

それは相手のことかもしれないし、社会的なことかもしれないし、時代的なことかもしれないし、価値観かもしれない。

空気を読みがちな子は、人の影響を受けやすい。

とても繊細な人が多い。

どうすればいいのか?

一人の時間を作ることだ。

誰にも気兼ねなくいるためには、気を使う人がいない環境を作ることだ。

安全な場を作ることだ。

もしも自分の子供が周りの空気を読む子であればどうするのか?

褒めるというのがポイントになる。

ただ、「いいね」とか「すごいね」と声をかければいいのではない。

それは機械的に言っているに過ぎない。

空気を読む子には、自分に関心を持たれていないことはバレる。

観察すること。

具体的に褒めることが大切だ。

もし、褒めることが見つからないなら、自分に対してきびしく接していないかを見つめる。

自分を褒めることから始める。

自分自身も空気を読み過ぎている大人なのかもしれない。

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