対等であることことの難しさ

#MeToo というムーブメントが起きている。

これは、ハラスメント社会を変えるために起きている現象だ。

とても心に引っかかるテーマです。

ブログを始めて書こうと思いながらも書けないテーマに出会ったことは始めてではないであろうかというくらい大きなテーマだということに気づきました。

勇気を持って僕も考えていることを書こうと決めました。

 

メンタルトレーナーの上田正敏です。

僕が20年ずっとセラピーを通じてやってきたことは

「権威を自分に取り戻す」

ことということです。

 

生まれて来たときには権威者は自分自身でした。

ところが、最初に起きることは親が権威者になることです。

学校に入れば先生が権威者になり、先輩が権威者になることもあります。

自分自身を尊重するのではなく、誰かの権威を受け入れてしまうことが問題になるのです。

自分に従うのではなく、誰かに従う選択を無意識にしています。

 

男女関係でもそうです。

男尊女卑という考え方がありますが、男性が権威者になるということです。

これは日本だけのことではありません。

レディファーストの国アメリカも男尊女卑の考え方が当たり前のようにあります。

ガラスの天井という言葉もありますので、これは男性が権威者になるということなのです。

 

誰かに何かに明け渡してしまった権威を自分自身に取り戻すことを自分自身にもしてきたし、クライアントさんへの手助けもしてきました。

権威者でないものにアプローチをする方法です。

 

でもね、気づいちゃったのです。

自分も権威者になっているということを。

無意識に権威者になっていることがあります。

社会的に文化的に権威者になっていることもあるのです。

自分で権威者になると決めてなっているのではなく、気づかないうちに権威者になっていることがあるのです。



図で説明をすると、年上は年下にとって権威者になります。

男性は女性にとって権威者となります。

これは誰が決めたというわけでもないのに、無意識化でこの権威者の構図ができあがっています。

これは暗黙知であり、当たり前すぎて誰も気づかないレベルのものかもしれません。

 

年下は年上を尊敬するのは当たり前。

女性は男性を尊敬するのは当たり前。

この尊敬も権威を明け渡すようなものであり、不健全な態度です。

いつの時代からか代々受け継がれた年功序列であり男女役割です。

このテーマはずっとセラピーとして扱ってきました。

自分自身では見つめて来たつもりだったのですが、自分が権威を明け渡した者としての自分にしか過ぎなかったのではないか思っています。

 

そうです。

 

自分自身が権威を持っていることに気づかないことが問題なのです。

年功序列も男女の役割も手放してきたつもりでした。

それは弱者としての自分をだったのです。

 

自分が得をしている部分には、目をつぶってきたのです。

 

男性に生まれたから、それだけで得をしてきたことがあるのです。

年上ということだけで、得をしてきたことがあるのです。

得をしているんだから気づきません。

自分にとって当たり前だから。

 

男性が得をする、年上が得をするという通過儀礼は思春期に入る時に起きているのではないかと思っています。

中学に入ると急に先輩後輩という差別が起きます。

男性と女性にも差別が起きてきます。

 

もちろん対等ということは同じになることではなく、違いを認めるということなのですが、ここでの問題は区別ではなく差別が知らず知らずのうちに入ってくることです。

ジェンダー問題も例外なくボディタイプとしてこの力学の中に入ると考えています。

 

男であることで得をしていること。

年上であることで得をしていること。

 

これを認めることが必要だということなのです。

 

うちの奥さんと対話を繰り返していきついた結論がココです。

 

男性が得をしていることを認めて、損をすることを選ぶこと。

 

これしか解決策はないでしょう。

ただ解決策はわかっても、解決できるかは別なのです。

既得権を放棄することはとても難しいから。

 

少なくとも自分が得をしていることに目を向けること。

それを受け入れて認めること。

得をしていることで相手に損をさせていないか見つめること。

 

年上だったり、男性だったりした場合は、気づかいをすることが大切なだと感じています。

権威者でいると横柄になっていることに気づきずらいのです。

 

ちなみに女性や年下の場合は、権威は自分自身にあることを思い出すことが大切です。

まず自分を尊重し、次に相手を尊重するのです。

 

ここ数年、モヤモヤしていた正体が見えた気がしました。

対等であることは難しいということです。

この人は対等性を持っている人だという人は数えるほどしかいません。

意識的に、無意識的に、対等であるふりをしている人も多いのです。

僕は平等主義者だと思っている人ほど、差別をしているのではないかと疑っていたほうがいいと思っています。

それくらい根が深い問題ともいえるのです。

 

本当に平等な社会になったら、誰もが笑顔で楽しいと思うんですよね。

そういう関係性を持つことができたら、もっと自由になれると信じています。

あまりにも大きすぎるテーマに恐怖も感じますが、勇気を持って確信を深めていきます。

真摯に向き合っていきます。

 

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