究極のビジョンは世界平和である

今日は日本人にとって特別な日である。
それに伴い自分自身のことを整理したいと思う。

僕が目指している究極のビジョンは世界平和である。

これに賛同してくれる人は多いのではないかと思う。
ただ、これだと具体性にかけているので、現実に落とし込む。

世界が平和であるためには、誰もが好きなことができる社会であることが重要だと考えている。
好きな時に好きなだけ好きなことを好きな人と共に好きなことができるということ
好きなことを仕事にしているし、仕事が好きと言える社会。
自分が生まれてきた目的や人生も目的を自覚して叶えているということでもある。
ライフワークを体現していると言っても良い。

そのために必要なことは、自己肯定感を高めるということ。
自分で自分を受け入れることなしには、好きなことはできない。
恐怖、罪悪感、遠慮、敵意、無価値感などの感情も受け入れて、喜び、自信、対等、意欲、興味、受容という自分であることに気づくこと。
感じている自己不信を手放し、望んでいる自信を持つことが重要である。

自己肯定感を高めるためには、自分にかけた呪いを解くこと
これは、親から社会からかけられた呪いかもしれない。
この呪いとは呪術的なことではなく、日常で起きること。
親から言われたこと、親の振る舞いから学んだこと、これは無意識に染み込んでいる。
自分にとって当たり前すぎて、呪いとさえも気づいていないこと。
これは親だけでなく、社会と言い換えても良い。

呪いとは、自分で選択したのではなく、誰かの影響から選択したこと。
これは選択させられたと感じているかもしれない。
または無意識で選択しているので、選択したという自覚さえない。

この呪いは自分自身で解くしかない。
ただ、自分だけでは難しい。

他者の助けが必要なのである。

そのためのコンテンツを作ったので、それについて書こうと思ったら、自分自身のビジョンと向き合うことになったということ。

二十数年前に、心理セラピストとして起業して、提供しているコンテンツは、この考え方に基づいて選んでいる。
正確にいえば、必要だと思って選んだら、考え方が見えてきたということでもある。

さらに、現実に近づけていこう。

呪いがとけたらどうなるのか?

それは毎日がゴキゲンであるということなんだ。

このブログのタイトル「ゴキゲンでいこうぜ!」は現実レベルの話だ。

自分自身がゴキゲンであれば、周りの人たちをゴキゲンにし、社会がゴキゲンになる。
小さな小さな変化かもしれないけれど、これで世界を変えることができると信じている。

そのための小さな一歩が、自分自身がゴキゲンであることを心がけることなのだ。

僕自身が最近、望んでいるのは、ゴキゲンである仲間である。
自分の周りに集まってきてもらいたいし、育てもしたいと思っている。

その想いがうまく伝えられずモヤモヤしているのが最近。
モヤモヤしていてもゴキゲンでいよう。
そう思った8月15日の朝である。

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集中することの大切を対話から気づいた話

他者と雑談をすることはとても大切です。
雑談を無駄話だと思っている人もいますが、有益な話にもすることができます。

話をすることに対して、英語はとても明確にわかれています。

一人が大勢に話すようなスピーチ。
相手を打ち負かすための討論をしあうディベート。
教師が生徒に教えるティーチング。
自分も相手も価値観が変わるようなダイアログ。
親しい人たちと話すカンバセーション。

この中でもダイアログと呼ばれる対話をすることが大切だと考えています。

えっ!なるほど!そうなんだ!

と自分の価値観が揺さぶられ、気づきが起きるのがダイアログだと僕は定義しています。
それはもちろん相手にも起きます。
その時に大切なのは自分がオープンであることです。
直接的な正直な意志を伝えることです。

言葉ってややこしくて、相手をコントロールすることにも使えたりするのですが、この使い方をするのはオープンであるとは言えないことです。
命令する人に心を開かないでしょ。

そう、雑談の話はいいのです(笑)

雑談をしていて、僕が大事にしていたことがわかったのです。

それは

集中すること

僕はマインドフルネスの状態が大事だと思っているのですが、マインドフルネスって集中が大切なのです。

人は集中すると意識状態が変わります。
「ボーッと生きてんじゃねーよ」と誰かが怒っていましたが、これはリラックスした状態です。
集中するとは、今ここにいる状態です。
今、この場所で起きていることに集中することです。

想像して下さい。夜、森の中で、いつ獣に襲われるかわからない。そんな時。
この状態は今ここに集中するしかないんですよね。

さらに一歩上の集中があって、リラックスしながらも、今ここで生きていることに集中することです。
これがマインドフルネス状態なんです。

これ、とっても大事にしている価値観で、多くの人に伝えたいことなんですよね。
それに雑談をしていて気づいたのです。これは対話をしていたなと思ったんですよね。

ちなみに、今ここにいない状態で起きる会話は、

過去について話すこと、未来について話すこと、ここにいない人について話すこと、自分のことについて話すこと、相手のことについて話すこと、この場所以外のことを話すこと。

人は記憶を持っているし、想像をすることができるので、今ここではないことを話すことができます。
それは事実ではないのかもしれません。言葉には限界がありますから。

今ここにいる感覚って貴重なのではないかと思った次第で。

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学ぶことは楽しいのか?楽しいことを学ぶのか?

大人になると学ぶことが嫌いという人が多いように思う。
実際に世界的な調査で日本の学ぶことが好きという割合の順位は下から数えたほうが早いらしいです。
大人になってから1週間で学びに費やす時間は少ないし、学びに投資をしている金額も低い。

なぜ、学ぶことが嫌いになってしまったのだろうか?

また資格試験や社会人講座などで、学ぶことが大変だと言うと共感が生まれる。
自分が選んで受講しているはずなんだけど、どこか他人事のように思える。

学ぶことが嫌いになったのは、教育の賜物であろう。
小学校から席に座って授業を受けさせられ、大学でさえもカリキュラムの消化に忙しい。
教育とは消費に近い感覚になっているのかもしれません。

どうも赤ちゃんは、好奇心が旺盛で「これは何だ?」と疑問に持ちながらたくさんの実験をする。
自分の手足でさえ、これはなんだと舐めてみたり、動かしてみたり、じっと見つめたりしながら探究をしている。
そして、これはどうも自分が動かしているんだとか、気持ちよかったり悪かったり感じるものなのだと気づいていく。

これって研究のプロセスなんだよね。
観察して、試して、結果がでて、考察していく。

物事のモチベーションは、内発的な動機と外発的な動機があるそうだ。

内発的な動機とは、楽しいからやる、興味があるからやる、という自分の中から生まれる動機のこと。
外発的な動機とは、お金をくれるから、褒められるから、認めてもらえるから、という外部から与えられる動機のこと。

僕は大人になったら、できたら学生のうちから、内発的動機で学ぶことを覚えて欲しいと思っている。

  • 自分が楽しいと思うことを学ぶ。
  • そのことで学ぶことは楽しいということを知る。

という体験をしてもらいたいのだ。
それは遊びでも良いのです。

人は遊びは自発的にするのです。
暇だからやってしまうことは遊びかもしれません。
内発的な動機に気づくことが重要なんです。

これを知っているのか、知らないのかでは、その後の人生が大きく変わるものだと僕は思っています。

  • 誰かに褒められなくても良い。
  • お金にならなくても良い。
  • 社会の役に立たなくても良い。

ここに学びのヒントがあると思っています。

暑さにうなされなかがら、そんなことを思った次第で。

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良い人はノイズが多すぎる

良い人は選択することが苦手だったりする。
なぜなら周りの人のっことを考えすぎるからだ。

あの人のことを考えて、この人のことを考えて・・・
とやっていると、自分の欲求がわからなくなっていきます。

そして、何が選択されるかというと、誰も幸せになれない選択をするのです。

自分にとって良くなく、あの人にとっても良くなく、この人にとっても良くないものができます。

以前、箱物行政と言われるものがあって、地方に税金で多目的ホールがたくさんできた時代があったのです。誰もが使えるように作ったら誰にも使えない中途半端なものができたんです。音楽ホール、演劇ホール、映画ホールなど使い方が違えば構造も違うのです。

他人の欲求はノイズです。

良い人をやめて、自分の欲求に耳を傾ける。
時にはこれがとても大事なことになります。

自分一人になれるところでゆっくり考えてみて下さいね。

良い人の場合は特に注意して下さいね。

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自分の頭で考えるって難しい!?

自分の頭で考えることをしている人としていない人の違いは何だろうか?

  • 自分の意見を言う人。
  • 誰かの意見に従う人。

なのではないかと思う。

考えることを放棄して、カリスマのような魅力的な他者の意見を鵜呑みにする。

思っている以上にそんな人が多いのかもしれないと思うことがあった。

どうしたら自分の頭で考えられるであろうか?

まずは観察力。自分の目で見て、耳で聞いて、体で感じること。
これは経験をしながら、常に周りに焦点をあてるということだ。
自分の感情に焦点を当てていると観察はできない。

よく人から教わるのではなく盗めと言うのは、自分で観察をしろということなんだ。
教える側は、教えたいことを教えるから実際に知りたいことを言ってくれるとは限らない。
実際の人を観察して自分が欲しい情報を盗むしかないのだ。

言葉を嘘をつくので、そのまま信じると痛い目に遭うことがある。
言葉だけでは正確に伝えることは難しいといったほうがわかりやすいか。

観察をすることから始まる。

この観察もすればするほど洞察は深くなっていく。
自分の頭で考えるためには観察からはじまるのが良いのかもしれない。

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生きることへの肯定

ポップカルチャーとは基本的に大衆への奉仕と人間が生きる事に対する肯定

山下達郎

これは達郎がテレビで語った言葉だ。

不覚にもうるって来てしまったんだ。

僕自身心理セラピーを提供してきて思っているのは、本質的なことを扱っているけれど、表現はポップであるべきだと思っているのです。多くの人に伝えるのが僕の役割だと思っているということです。

うちのかみさんは、本質をズバッと突きながらも、優しい人なんです。より本質に焦点を合わせている人なんです。

僕自身は比べるとそうでもないのです。

芸術というよりも流行に近いものなのかもしれません。

時代の空気を読もうとしちゃいますから。

大衆への奉仕とは何か?

これは僕の今のテーマでもあります。

そして、人間が生きることへの肯定は、一番の大切なテーマなのではないかと思ったりしているのです。

立川談志の「業の肯定」という言葉を聞いた時の感動と同じ感じがしています。

僕自身の方向性が見えてきた感じがしています。

本質的でありながら大衆の方を向いていること。
そして、生きることを肯定していくこと。

ふと、自分に入ってくるメッセージって、きっと意味があるのでしょうね。

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民主主義って多数決だよね?

最近の大学生たちに「みんなで決めてね」とお題を投げると、LINEを使ってすぐに多数決を取るという話を聞いた。

その人は、話し合って決めてほしいという意図があったようで、すぐに多数決をとるのはどうかと思うというようなことを言っていた。

LINEにそんな機能があるんだ!と驚いたんですが、そういう話ではありません。

多数決をとるものじゃないの?と1970年代に小学校に通った僕は思ったのでした。

記憶をたどると学級会なるものがあって、最後に多数決をとって決めていたよな。
民主主義ってそういうものでしょうと思って育ってきた。

民主主義は少数の小さな声を大切にするというような話も聞いたことがありましたが、結局多数決をとるんだから大多数の大きな声で決まるものでしょうと思っていた。

実際に世の中を見ているとそう思う事例が多い。

話し合いで決まることの経験が絶対数少なく育ってきている。

とあるセラピー指導者養成講座で「べリング・ザ・キャット」と呼ばれるワークをしたことがある。

ネズミたちが話し合いをするという設定だ。僕たちネズミは毎日ネコに食べられている。このままでいくと僕たちは全滅してしまう。なんとかして、ネコに鈴をつけてネコが近づいてきたらわかるようにしたい。どのようにすればいいのか?

というもの。

小一時間話し合っただろうか。あの人がやればいい、主催者の人がやればいい、指導者の人がやればいい、じゃんけんで負けた人がやればいい、いや、くじ引きでやればいい・・・

全員が合意したものだけが決定されるというもの。つまり誰か一人でも反対者がいればその意見は却下ということだ。

いやぁ、楽しいほど決まりませんでした。

この演習でのまとめは「合意形成は難しいよね」ということでした。

ここまで話し合いをすることあっただろうかと思うくらいに話をしました。そして、だんだんと早く終わらないかなと険悪なムードになったりしたり、笑いが絶なくなったり、個人の感情もさることながら集団の感情も大きく揺れ動きました。

とあるワークショップの講座では、1週間後の小学校へのワークショップをどうするのかについて合意形成をした時には、講師の先生から指導がありながら2日間体験と話し合いが行われ2日目の最後に「振り出しに戻そう」という話になった時には笑うしかなかったですね。実際にその後はとても良いワークショップができたのですが、面白い体験をさせてもらいました。

合意形成ってエネルギーも時間を使うんですよね。

本当に民主主義をやろうとすると、一人ひとりが当事者意識を持ち、参加者全員を尊重し、時間もエネルギーもお金も使うことにコミットする必要があるのです。

いや、ほんと、めんどくさいんです。

合理的な考え方をすれば、話し合いもせずに多数決で決めちゃうと楽なんです。
また、積極的にやりたい人にまかせちゃうというのも楽なんです。

楽なんだけれどそのツケを払うことも歴史を見れば起きることなんですよね。

「どうでも良いことは流行に従い、大事なことは自分の芸術に従う」というようなことを言ったのはまどみちおさんでしたっけ?

民主主義ってもしかして終わっているのもしれないと思ったりもします。
かといって、これが今現在ではベターであるのかもしれません。

6月に30℃を超えたりするから難しいことを考えたりしたわけで、たまにはこんなことも良いかもしれない。

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「仮説・実験・検証」思考

最近、「科学的に・・・」という言葉を聞くことが多くなったんだけど、科学という言葉をどんな意味で使っているのかわからなくなることが多くなってきた。

どうも科学とは、数学の公式にみたいに、「こうすれば、こうなる」と因果関係の公式が存在し、それを科学と呼んでいるのではないかと思ったりするのです。

正解の公式があるのが科学。

実際には科学って、その公式を見つけようとしているものです。
そして、その公式はあくまでも仮説であって本当かどうかはわからない。
なぜならば変わることがあるからなんです。

自分事で考えてみると、過去は一本道です。

「こうしたからこうなった」と説明することができます。
公式のように語ることができます。

ところが未来のことになると道は無限にあります。
分かれ道もあれば、広野のように道がない場合もあります。
「こうすればこうなる」ということはありません。

学校教育では、「こうすればこうなる」ことを学ぶことがほとんどです。
過去にわかったことしか学ばないので、正解があることしか学びません。

ところが社会にでたら答えがない問題だらけです。
正解が必ずあるはずだと調べまくります。
で答えらしきものを見つけて安心します。
でもそれ、正解かもしれないし、正解ではないかもしれないんですよ。

正解がないからこそ、仮説・実験・検証の思考が重要になるのです。

答えを見つけるのではなく、これが答えではないかと自分で決めるのが仮説、
この仮説が正しいか間違っているか確かめるためにするのが実験、
そして実験結果を判断するのが検証です。

検証結果で、正しいと思えばそれが正解であり、間違っていれば新しく仮説を立てて実験検証と繰り返していくことです。

正解だとしても本当にそうなのか、さらに仮説・実験・検証を繰り返して仮説を深めていくということももちろんあります。

料理に例えたら、不味いものはなぜ不味いかを検証し、美味しくなる仮説を作り、料理を作り直すということなんです。
美味しかったら、もっと美味しくするにはと仮説を作り、料理を作って検証していくということです。

そのために大切なのは、事実を観察することです。

現場を観察し、結果も観察する必要があるのです。
この観察する力がなければ、考えることもできません。

ダイエットに例えるなら体重計が観察道具です。
測定道具があることで、事実を観察することがはじめて可能になります。

科学の世界では、測定器具を作る人たちが一番大切な仕事だと言われたりします。
数値化することができれば仮説・実験・検証がやりやすくなりますから。
目に見えないものを目に見えるようにすることも大切なことです。

そして、健全な科学的な視点を持つと、物事を断定することはできません。
100%正しいということはないからです。

心理的に人は断定する人を信用してしまうことがあるので、誠実な科学者を信頼できない人のように見えてしまうことがあるのです。

人は科学よりも物語を信じてしまう傾向があるからです。
科学は事実であり物語は嘘だと僕は思っています。

このブログのアイキャッチ画像も実際の実験している写真ではなく、科学をイメージした写真です。つまりは実験っぽくしているだけの嘘でしょう。言葉を控えればわかりやすい演出でしょう(笑)

ただ世界は複雑であり、科学だけではダメだし、物語だけでもダメなのです。
虚実が混ざり合ったものがこの世界を作っていますから。

未来のことは「仮説・実験・検証」する必要があるんだな。
正解はないかもしれないんだな。
自分自身の正解を見つけて、誰かの正解もそれはそれで尊重していく必要があるな。

と思っていただければ幸いです。はい。

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貧すれば鈍する

「貧すれば鈍する」という言葉があります。

辞書で調べるとこんな意味があります。

貧乏すると、生活の苦しさのために精神の働きまで愚鈍になる。

デジタル大辞泉(小学館)

貧乏ってメンタルに大きな影響を与えるという意味です。

お金持ちは悪い奴だとドラマ水戸黄門で学びましたが、実際には違ったりします。裕福な家の人たちは良い人たちが多いのですよね。余裕があるからか親切だったり世の中を良くしようと活動している人も多いです。文化芸術にも造詣が深かったりするけれども質素であったりするのです。

以前に僕が出会ったお金持ちは「いつもユニクロを着て、2年ごとに全部買い換えるんですよ。」という言葉を教えてくれました。斬新なアイデアだと衝撃を受けました。

金持ちでも良い人もいれば悪い人もいる。貧乏でも良い人もいれば悪い人もいる。
これが真実なのかもしれません。

話を元に戻しましょう。

お金に困ると心が病んでいく。確かにそんな傾向はあるかと思います。

  • 「お金がない」
  • 「お金がなくなるかもしれない」
  • 「もしもお金がなくなったら・・・」

とずっと頭の中で考えてしまうと、どんどん落ち込んでしまいます。

「人が大切なんだ」と言っていた人がお金に困ると、人を使い捨てにしている姿を見ると悲しくなります。

まぁこれは、良い人に思われたいから「人が大切」だと言っているだけで、実際は、そんなこと思っていなかったということかもしれません。

清貧の思想はありますが、実際に「貧」しくて「清」らかな人は少ないでしょう。

お釈迦様みたいに、王様から乞食になっても悟りを開くくらいに健全なメンタルを保つことは難しいのではないかと思うのです。

健全なるメンタルを作るために自分自身と向き合うこと、お金を作るために稼ぐことは重要なのではないかと思ったりしています。

昔からある言葉には一理ありますから。

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終わりを決めて始めること

最近、聞いて驚いたことがある。

「勉強会やろうよ!」
「いいね。」
「誰からやる?」
「じゃあ、私から。」
「いいね。」
「それじゃ、次は私。」
「いいね。」
「でさ、どうなったら辞めようか?」
「えっ?」
「いや、最初に辞めるタイミングを決めてから始めようよ」
「はぁ?」

というやりとりがあったそうな。

何か会を立ち上げる時に、どの会がどうなったら終わるのかを決めるという。
多くの人がこの考え方に思考停止をしたらしいのです。
何を言っているのかわからないと。

よく考えると始まりがあれば終わりがありました。

小学校、中学校、高校も大学も卒業がありました。
時が来れば卒業するのです。

目的が明確な会ならば、目的を達成して解散するのもありですね。

最初から3回だけはやろうというのもありだと思います。

永遠に続くものはありません。

終わりのタイミング、卒業のタイミングを自分たちで決めておくことが重要なんです。

なにか「しがらみ」のようなもので続けていると不健全になります。
物事は達成したのにダラダラと続けていると不健全な空気が流れ出します。
余計なことをはじめて、誰も得をしないような集まりになったりすることがあるのです。

いろんな人に終わりを決めて物事を立ち上げるかと聞いた所、僕統計では終わりを決めて始める人は0%でした。

「なんか違うなと思っていることはある」という人は大勢いました。
違和感を感じたりしながら続けたり、違和感を感じたからこそ卒業したり、続けようと思ったけれど首になったり、と強制終了のようなことまでありました。

初めから終わりを決めるって大事なことかもしれません。

唯一、決められないのは、自分との決別でしょうか。
生まれてから死ぬまでずっと一緒にいるのは自分自身ですから。
これだけは終わりは自分では決められないのかもしれません。

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