終戦記念日に平和について考える

8月15日は終戦記念日。
1945年8月15日に天皇が玉音放送をした日だ。
世界的にみると1945年9月2日が第二次世界大戦の終結日とされている。
共通認識が違うというのは興味深い。

僕が究極的にな目標は世界平和である。
なので、平和とは何かについて考えてみたい。

戦争はしてはならない。

これは世界中の人に聞いても100人中100人がイエスというだろう。
平和教育といえば「戦争はダメだ」ということになっている。
ダメなものはダメだという論理だ。

これで本当に良いのであろうか?

なぜなら第二次世界大戦後でも世界で戦争がない日はないからだ。
戦争はダメだと言っていても、実際に世界には起きている。

日本でも、受験戦争など、戦争を比喩した表現も多い。
いつでもどこでも戦いは起きているのだ。

なぜ戦争をするのか?
戦争をしなければならない理由は何か?

これについて考える必要がある。
これは一人の頭で考えても良いのだが、多くの人と対話をすることが大切だと思っています。
人それぞれ価値観が違うから、多くの人の話を聞く必要があるのだ。
そして、自分の価値観も表現していく必要がある。

もちろん、安全が確保されている場で話をするほうが良いだろう。
対話ではなく、ディベートのような攻撃される場で、自分を表現することは難しいから。
自分が持つ価値観について話をするのはデリケートな話なのだ。

人を「正しい」「間違っている」という価値観で裁くのは間違いだ。
これはイジメにもつながるし、対立をしてしまう考え方なのだ。
正しい・間違っているという考え方を傍に置いておいて対話をすることが重要なのである。
言うは易く行うは難しなことなんですが、チャレンジする価値はあります。

一歩踏み込んで、「戦争をして良い」と思える状況はどうなのか考えてみたい。
この理由があるから世界では戦争があるのではないかと僕は考えている。

戦争なんかないほうが良い。でも、しなければならない理由があるんだ。

そんなことを考えなければならない人たちが世界にはいるのだ。

一度、自分の頭で戦争について、平和について考えることは重要だと僕は思っています。
そして多くの人の価値観にも触れることは重要だと思っています。
小学生の頃は大人の言うことを素直に聞くだけだし、中学生の頃は仲間との同調圧力により、自分の頭で考えることはありません。
だからこそ、大人になってから自分の頭で考えることは重要なのです。

今現在のところ、僕自身は、夫婦喧嘩がなくなれば、世界は平和は実現できると考えています。

夫婦円満であること。
これは身近でありながら中々の難問です。

世界人類が平和でありますように。
May Peace Prevail on Earth.

これが目指すべき社会だと僕は信じています。

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“終戦記念日に平和について考える” への2件の返信

  1. お疲れ様です!

    まぁちゃんが最後に触れている「夫婦円満」。これ、62歳の自分と64歳の妻の今のありようが自分的には心地よいと感じているのです。

    ポイントは「互いに干渉しない」。例えば、自分はモデルさんのポートレート写真を数多く撮って楽しんでいますが、カミさんにそれをいちいち見せませんし撮影に出かける時もどこに行くとか一切言わない。でもあまり何も見せないのも何なので、撮影旅行で風景などを撮ってきた際には積極的に見てもらいます。

    一方、カミさんは韓国系アイドルグループに入れ込んでいるのですが、自分はそれが誰だか知らないし聞こうとも思わない。たまに「今日は推しのライブを観るので夕食は自分でよろしく!」とか言われても全然腹も立たないし、それでカミさんが楽しんでくれるのであれば何の問題もない。

    まぁちゃんが言う通り「正しい・間違っている」の問題じゃないんだけど、少なくとも自分は「定年後にやる事がなくて妻が買い物に行くたびにいつもくっ付いていく濡れ落ち葉亭主」にならずに済んでいるのは幸せだと感じています(^_-)-☆

    1. >あきちゃん
      コメントありがとうございます。
      夫婦円満は夫婦によって違うから、心地よい関係性を創れたことは素晴らしいです。
      夫も妻も自立して楽しむことがあるのが幸せですね。
      それが鍵かもなと思いました。

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