恥ずかしいからやるんだよ

前回の恐いからやるに続いて恥ずかしいからやるです。

僕の場合は、行動を妨げる感情で大きいのは恥ずかしいという感覚です。
恥ずかしいって自意識過剰、つまり他人の目を気にするということ。
他人の視点で見れるというのは良いことなんだけど、それで動けなくなるのは残念なことです。

人は自分の欲求しか叶えることはできません。
これは原理原則の考え方だと思っています。
人目を気にして遠慮してたら人生が終わってしまいます。

人間は群れを作る動物なので、人目を気にするようにプログラミングされてもいます。
みんなが人目を気にしなければ集団は成り立ちませんから。

問題は過剰であるということです。

自分がやりたいことを恥ずかしいからやらないというのが問題。
他人にどう思われるかなとかついつい考えてしまう。
親、パートナー、友達、世間の目とかね。

解決策は恐いと同じ。

恥ずかしいことをすればいい。

正確に言うと、ずっとやりたかったことで恥ずかしくて諦めたことをしよう。

自分の枠が広がり、世界が広がり、可能性が広がります。

自分にスポットライトが当たって注目を浴びてもいいんです。
主役になる時が来たんだよ。自分の人生においてね。

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恐いからやるんだよ

物事が進んでいないと感じる時にこそ、恐いことをやることをオススメしています。
恐いという理由で避けていたことに答えがあることがあるから。

恐いを超えてやっていると慣れてきて、恐いけれどやってみようという勇気を持つことができます。

ほとんどの場合は、恐いの正体は未経験だということ。
本能的に知らないことは恐いと感じるように人はできています。

メンタルトレーナー上田正敏です。

恐いことは危険で安全でないと思い込んでいることがあります。例えば、スカイダイビング、バンジージャンプ、ジェットコースター、スキューバーダイビング、バイク、カヤック、アウトドア。

これ本当に危険なことでしょうか?

初めてのことを一人でやるなら危険度は上がります。プロと共にやれば危険性は低くなります。ほとんどのことは安全なんです。危険を冒すことってとても大切です。

疑似体験として、危険だと信じていることをやってみることは、その後の未来を大きく変える可能性があります。

一番恐いことをやってみるってパワフルなワークなのです。

恐いことこそ、やってみよう!

実は昨日のブログに書いたことも、恐いけれどやったことだったのです。

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適当に褒めていればいいんです!?

他人のことは適当に褒めていればいいんです。
そうすれば相手はゴキゲンでいれるでしょう。

そんな言葉を聞いて考え込んでしまいました。

メンタルトレーナー上田正敏です。

これ3つの視点からマズイなと思ったのです。

これっていわゆるご機嫌取りです。ご機嫌取りをしているとどんどん自尊心が傷ついていきます。嘘をついているので正直な自分が何かわからなくなっていきます。関係性においてもどちらが上でどちらが下かという権力構造に囚われていきます。

この言葉を他人に言うということは、言われた人もその人の言っていることを信じなくなります。だって、他人の嘘を言っていればいいんだよと言っているということは誰にでも嘘を言うことと同じこと。誰かに接する態度は、誰にでも接する態度と同じです。褒めても貶しても信用を失っていきます。私を信用しないでと宣言しているようなものです。

まぁ、この2つは起きることなんだけど、僕が一番思ったことは、相手に嘘を付いてまでも褒めなければならない環境にずっといたのかということ。人がその振る舞いをしているには必ず理由があります。過去の経験が今の振る舞いを決定づけています。なんだか切なくなりました。

相手に気に入られようとしてご機嫌取りをすることは危険なんです。相手をどうとも思っていなくてもご機嫌取りをすることも同じです。

嘘を言うって、人間の脳が高度に発達しているからできること。小さな子供の嘘が可愛く見えるのは、嘘だとわかっているから。これがどんどんと知恵がついてくれば嘘が嘘とわからない嘘をつくようになります。嘘って整合性をとるためにあらゆることを嘘に合わせないとバレるのです。脳をフル回転させなければ嘘をつくことはできません。

小さな一つの嘘のために、大きな嘘をつかなければならないことになることがあります。

嘘は他人の信用を失くすだけでなく、自分への信用も失くすことになります。

そんな自分に自信が持てるでしょうか?

自分らしく生きたいなら正直になることです。

自分にも他人にも。

それが一番楽でもあるんですよね。

正直になると、嘘を言っていた時の友人知人の総入れ替えはあるかもしれませんが・・・

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気づきとは何か?

とある瞑想について学んでいます。最近では、瞑想もマインドフルネスといって普通に企業にも取り入れられています。

とある瞑想は、仏教の教えがベースとなっているんだけど、日本人は無宗教者でも仏教の考え方が生活の中にあるのでわかりやすいです。

そこで気づきのワークをしています。気づきとは何かを実体験をするということ。 

僕が学びに行ったところでは、「私の言うことを信じないで下さい。自分が体験したことだけを信じて下さい。」という実践主義なところが好きです。頭でわかっただけの人が話をすることほどつまらないことはないですから。

そのワークの中で1円玉を使ったワークをしました。簡単です。親指と人差し指の間に1円玉を挟んでおいて落とさないようにすることだけ。それで瞑想をしたのですが、日常生活でやってもいいということ。

気づきって何気なく使っている言葉なんだけど、それはどんな意味なのでしょうか?

それまで見落としていたことや問題点に気づくこと。「小さな気付きが大発見につながる」「日々の気付きが成長をもたらす」「生徒の気付きを促す」

goo辞書より

うん、そうなんだけど、気づきってちょっとニュアンスが違います。ないものがあるものに変わるくらいの大変換点が気づきだという意味だと僕は思っています。

僕が実践していてわかった1円玉のワークで面白いのは、1円玉のことを忘れても1円玉を落とすことはないということ。そして、時々、あぁ1円玉を持っているんだなと気づくことです。

でも、布団で寝ちゃうと朝起きたら1円玉は落ちていました。

僕が気づいたことは、気づきとは意識だということ。

気づきには、集中が必要だということ。

気づきは、あるはずのものがない状態だったものが、あるものがあるという状態になるということ。

気づきは一瞬にしてすべてがわかるということ。

実際に1円玉を持っていただけなんだけど、「そうか!」と思わず膝を叩きなるような気づきがやってきました。

この気づきは人によって違うこともあるだろうから、実際に1円玉のワークを試してみるのもいいかもしれません。実体験を伴わない気づきは薄っぺらいものですから。

で、気づきから考察を深めていきます。

はっ!気づいたのはこういうこと。意識していなかったことが意識下できることが気づきだと。無意識を意識できるということが気づきだと。潜在意識は現実世界と訳すとここではわかりやすいです。その世界を意識できているかできていないかということ。頭に浮かんだのはこのマトリクスなんですよね。このそれぞれの状態を考えていくと

こんな感じになります。

①意識的にも潜在意識にもある状態が「気づき」
②意識的にはある、潜在的にはない状態が「傲慢」
③意識的にはない、潜在的にある状態が「迷い」
④意識手にも潜在的にもない状態が「教育」

①の気づいている状態が理想です。瞬間にはあるかと思いますが、なかなかに継続することは難しいかもしれません。

③は迷っている状態です。そこに気づきがあれば解決に向かいます。この状態が一番多いかもしれません。

②は勘違いしている状態です。だから傲慢と表現しました。知っているつもりになっている痛い状態です。裸の王様状態ともいえるでしょう。

④は知らないことを知っている状態になれたらいいですね。意識的にも潜在式意識的にもないなら学ぶことが必要だという意味で教育と名付けました。知らないことはずっと知らないことですから。

気づきとはあることをあると認識していることです。

あることを忘れている状態が日常です。

自分に気づいているって本当に大事なことです。そして究極の目指す姿なのかもしれません。

あなたにとって気づきって何ですか?

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大人になると真実は語ってもらえない

このつぶやきに多くの人が共感してくれました。

子供の時にはあれこれ色々と言われていて五月蠅いなくらいに思っていたのに、大人になったなら何も言ってくれない。これは自分が成長したから言われなくなってたと思ってた。そのうちに「あれ?おかしいな」と気づき始め、ある時に穴があったら入りたいと恥ずかしくなるほど誰も何も言ってくれていなかったんだと気づいた経験をした人が多いのかもしれません。

また、耳が痛いことを言ってくれた人に対して「失礼な。なんてひどいことをいう人だ」と付き合うことを辞めたら、ある時に大きな失敗をしてしまった。あの人が言っていたことは正しかったんだと後悔するようなことも経験したのかもしれません。

大人になると社交というものが始まります。

家族や友人以外の人と多く付き合うようになります。特に初対面の人と話をする時に、真実からは遠いところから話を始めたりします。天気の話だったり、出身の話だったり、趣味の話だったりとお互いの共通項目について探り合って話をしたりします。

いきなり確信的な話をすることはなくなります。耳障りの良いことを言う人たちも多いかもしれません。また逆にマウンティングと呼ばれる不愉快なことを言われるかもしれません。どちらも、どうでもいい話です。

家族の小言もうるさかったなと懐かしく思う日が来ているかもしれません。いや、まぁ本当にうるさかったんだけど・・・

大人になると本音で話をしてくれる人、特に苦言を言ってくれる人は減ってきます。人は基本的には愛されたい動物です。嫌われたくはありません。本当の真実って耳が痛いことであることが多かったりもします。自分の心に痛みがあることをズバッと言われると、ストレス反応としてネガティブな感情が湧き上がり、怒りという形で外側に表現されることがあります。怒りを通り過ぎて何も感じなくなる人もいたりします。麻痺しているという状態です。これは自分では気づけないかもしれません。

人は本当のことを言われると不機嫌になるのです。最悪関係性は壊れます。

言われたくないと思っていることは真実であることが多いです。自分でうすうすは気づいているという状態は言葉にしていない状態、言語化されていない状態です。それを言葉で言われるからカチンとくるのです。

わかっているよと反論したくなるかもしれませんが、大人ならその問題を先送りにするべきではないのです。根本的に解決していたら何を言われても腹も立ちませんから。

苦言を言われたら、何か自分に関係しているかもしれない。

怒りや悲しみの感情があふれたら、何か解決していない問題があるのかもしれない。

何も感じずに冷たい感じがしたら、何かあるのかもしれない。

出来事をそのようにとらえてみることをお勧めします。

苦言を本気で言ってくれる友人・知人を持つことです。

できるならメンターと呼ばれる存在や、僕らみたいなプロの助けを求める必要があるかもしれません。

耳が痛いということはチャンスです。

自分に気づくタイミングが来たということです。

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アメリカ人のメンタリティから学ぶことがある

日本とアメリカの生産性の違いってメンタルの違いかも!

と昨日、facebookやtwitterで紹介した記事からさらに考えを深めてみたい。

リンク先の記事は、壮大な物語が展開されています。ざっくりいうと、筆者の防音室を買うことへの顛末です。あまりにも大きすぎて運べそうにもなく何度も諦めようとした筆者が、周りのアメリカ人のポジティブな想いに勇気付けられ防音室をなんとか部屋まで運び込む物語です。

amazonのすごさはアメリカ人が作ったのであり、黒猫、飛脚、郵便の確実性は日本人が作ったもの。そのどちらもが噛み合って日本では信じられないくらい便利なサービスになっています。配送部分はアメリカでは無茶苦茶らしい。

日本人のマインドは、無理そうならあきらめるという選択をするということ。

アメリカ人のマインドは、実現できると信じ続けて行動すること。

とまるで全く違う星の人かというくらいに考え方が違うそうです。ネガティブとポジティブくらいに違う感じです。

これは文化の違い?習慣の違い?教育の違い?と考えると、やっぱり教育の差なんだと思います。教育が習慣を作り文化を作りますから。

具体的に何の教育かといえば「人に迷惑をかけない」という考え方です。人に迷惑をかけないように全部自分でやらなければならないという思考。

人に迷惑をかけるのは当たり前と思っている人たちと考え方や行動の仕方が変わるのは当然でしょう。

こういうのをマインドセットというんだけど、前提条件といえばいいかな。人はこの前提条件の基に行動をします。人によって前提条件が違うと話が噛み合わなかったりします。日本は村社会だったので、前提条件が同じという文化を持っています。生まれて死ぬまで顔なじみの人しかいなかったら、人の考え方は同じであり、前提条件が同じなのでトラブルは起きません。

アメリカの場合、人種も民族も宗教もありとあらゆるものが違う人たちが集まって生活をしています。このマインドセットが全く違うので、彼らは人々は違うとうことが前提になっています。だから言語のコミュニケーションが発達したともいえます。人に迷惑をかけてもいい。お互い様だからというのが当たり前のアメリカなのです。相手を信頼するのが彼らの特徴でもあります。

アメリカは多様性を受け入れ相手を信頼し、日本では同じであることで安心をし相手にも同じであることを強要する傾向があります。同調圧力というやつです。空気を読めとかね。

で、本題に戻ります。

日本人は自分の望む欲求を満たすために、他人に迷惑をかけるくらいならあきらめる。自分の欲求を満たそうという人に協力もしないし、さらには攻撃したりする。

アメリカ人は自分の望む欲求を満たすために、他人に迷惑をかけてOKだと思っている。そして周りも相手の欲求を叶えることを応援する。

これって前提条件であるマインドセット「他人に迷惑をかけない」ってことだけなんですよね。

その結果が大きく違ったものになってくるということです。

このマインドセットを変えるのが僕たちセラピストの仕事のひとつです。僕たちといいましたがこれも同じであって欲しいという日本人的な発想ですね・・・。マインドセットを変えることは僕の仕事のひとつです。

人に迷惑をかけてもいい。

これは他人に迷惑をかけられてもいいということにもつながります。双方向ですから。そこではじめてお互い様だねということになります。

人に迷惑をかけてもいいというマインドセットはさらに、人を応援してもいい、人を助けてもいい、人に協力してもいい、というメンタリティに変わっていきます。

もちろん選ぶのは自由です。してもいいし、しなくてもいいということです。

日本も多様性が必要な国なってきました。アメリカから学ぶことは多いかと思います。アメリカのみならず外国から良い面は学んでいくことが大事だと思っています。もちろん日本の良さも認めながら。

これって教育だと思うのです。誰を教育するかって?そりゃあ自分自身から始めることでしょう。そんな教育を受けたかったと思っても何も変わらないんだから。

フリースタイルのWebページです。
■マインドセットを変えて自分らしく幸せになるために
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ワクワクから自分軸を見つける方法
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「どうして?」は自我の目覚め

自転車を整備してた時に、小さに子供にこんな会話がありました。

「何をやってるの?」

「自転車のパンク直しているんだよ。」

「どうして?」

「えっ!?タイヤが壊れたから・・・」

「わたし、アメなめてるの。」

「えっ!?」

「どうしてかというと・・・」

「うん・・・・」

「美味しいから!」

と元気な笑顔で答えが返ってきました。とても微笑ましい光景です。

そこで、あっ!と気づいたんです。これって自我の目覚めなんだって。自分の気持ちを知って、それに行動が伴っている。このことに気づいたら不思議で仕方がなく、周りの人たちにも聞いて回っているんだなと。学習体験をしているんだということがわかったんです。

周りの大人は大変な時期として捉えていて、アレクサをプレゼントすると喜ばれるらしいです。なぜなら、アレクサに対して延々と質問をしていて、アレクサ自身は嫌な顔もせずにちゃんと答えてくれるというのがいいらしい。

きっと美味しいだろうなと想像する → アメを食べる → 美味しいと感じる。

つまり、自分が望んでいる気持ちを手に入れるために行動ができるという経験をしているということ。

夢実現方法は、小さな子供時代に体験しているんだという事実に驚いたのです。しかも行動の裏には必ず想いがあるはずだと子供は思っているということ。

その考え方でいけば、僕の正しい答えは

「気持ちよく自転車に乗って風を感じたいから」

だったんだなと。

自分が一番欲しい想いに気づいているかが、どんな行動を起こせばいいのかにつながっていきますね。

欲しい想いに気づいていないと、行動を間違ってしまい、望んでいる未来を手に入れられていない状態になっているということです。

欲しい想いを知っていたとしても、健全な行動をしなければ、望んでいる未来は手に入りません。

これは大人になっていくうちに学習体験をしていきながら欲しい想いを手に入れる行動を身に着ける必要がある部分ですね。

もし、できていないなら新たな学習体験が必要なのかもしれません。

欲しい想いを実現する方法をたくさん知っている人が幸せな人なのかも。

「どうして、自分は欲しい未来を望んでいるのだろうか?」

「どうしたら、望んでいる未来が手にはいるだろうか?」

この究極の問いは、子供の頃からはじまっていたというお話でした。

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がんばるの意味を変えよう!

「がんばって」という言葉が問題の使い方が難しい。がんばっているのに、これ以上がんばれというのかとストレスになることがある。それは確かに苦しいことだ。

メンタルトレーナー上田正敏です。

がんばるの意味には2つある。ひとつは、自分を殺してがんばるという方法、もうひとつは自分を生かしてがんばる方法だ。

自分を殺しているというのは、がまんをしていたり、無理をしていたり、苦手なことをしていたり、変えられないことがあったりする時だ。時にはそれが必要かもしれないけれど、そこにがんばるのは辛くなる。がんばれと言われてもがんばれないとなるよね。

つらいことをがんばるの場合は、目指しているゴールが欲しい時のみに必要なのかもしれません。苦手なことを時にはやらなきゃいけないんだけど、その先に自分の幸せがなければ、がんばることは難しいし、自分を殺す方向に進んでいることになる。このゴールを見直す必要もあるかもしれないよね。プロセスもゴールも自分を殺していたら変えたらいいよね。

がんばることを自分を生かすことに変換したらいい。「がんばれ!」と言われたら「自分を生かせ!」と翻訳しなおすのだ。「自分らしく!」「特徴を生かせ!」「好きなことしろ!」と思い直してみることだ。自分自身を生かすことになら人は頑張れるのだ。

自分を殺しているのか、自分を生かしているのかを知るには感情が鍵を握る。がんばれと言われてネガティブに感じるならそれは自分を殺していることかもしれない。逆にがんばれと言われてポジティブな感情が生まれるならそれは自分を生かしているということだ。

もしもモヤモヤしていると感じたりしたら、それは要注意信号だ。自分を丁寧に見つめていく必要があるということ。自分を殺しているかもしれないし、自分を生かしているかもしれないし、その両方の可能性がある。違和感というのは誰もが感じるものなんだけど、自分の深い部分の声なんだけど、それを無視してしまうことがあるのだ。

その声って自分のガイドみたいなものなんだけど、声が小さいから無視できちゃうことでもあるのだ。

自分を殺す生き方ではなく、自分を生かす生き方にシフトチェンジしていく。

これは大事なことだと思う。

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愚痴不平不満をチャンスに変える方法

どうしたら愚痴・不平・不満がチャンスに変わるのかわかりますか?

愚痴・不平・不満はというものは、言ってはいけないという考え方もあります。愚痴・不平・不満は自分を助けてくれる人を遠ざけて、自分と同じような境遇の人たちを引き寄せて沼にはまっていくようなものです。しかも言っていても何も解決はしないし、余計に落ち込むことさえあります。自暴自棄になってしまったりね。

愚痴・不平・不満そのものは、良いも悪いもありません。自分が感じていることです。出来事に対してネガティブな感情が反応して、ネガティブな思考が湧き上がっている状態です。感情ストレスが影響しているに過ぎません。

感じていることって変えることができるのです。ネガティブってポジティブに変えることは可能なんです。ネガティブがあるということはポジティブがあるということ。ポジティブがあるということはネガティブがあるということ。まるで波のようにネガになったりポジになったりする性質を持っています。自然の力のようなものです。太陽が昇って沈むかのようにね。

不平・不満・愚痴を言っているとネガティブな感情の沼にはまってしまいます。これをチャンスに変えるには、愚痴・不平・不満を変えるのではなく、ネガティブな感情を変えることが大切です。そのためには感情ストレスを解放して、ネガティブに傾いている感情をポジティブに変えるだけです。

起きていることって、事実があるだけで、意味を与えているのは思考です。そして脚色をしているのが感情です。そこにドラマを作っているのは自分だということです。ドラマを作るということは、作り変えることができるのは本人だということです。

ネガティブな感情を癒すことができれば、愚痴・不平・不満はチャンスに変わります。

変えることはできるのです。愚痴・不平・不満の本質は自分が変わることができない、この状況では選択することができないことの表現です。もしも変わることができたら・・・もしも選ぶことができるなら・・・それは感じ方が変わったということです。

誰もが愚痴・不平・不満を感じるものです。それを解決することができるのなら。それは誰もが望んでいることになります。もしかしたら多くの人に役立つこともできるし、仕事にすることができるかもしれません。

そんなチャンスが、愚痴・不平・不満が隠れているのです。自分一人の問題だと感じがちですが、マイナス感情が作り出すテーマは人類普遍のテーマになることが多いのです。つまり悩んでいる人はあなただけでなく、多くの人が悩んでいる問題とも言えるのです。共に嘆くこともできるし、先に問題を解決して颯爽と歩んでいくことどちらを選ぶこともできます。

愚痴・不平・不満を言ってしまったら「チャンス!」と言ってみるのもオススメです。

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ガン患者さんにガンバレは禁句

最近、うつ病の人に「ガンバレ」というのは禁句というのは知られてきています。理由としては、誰に言われなくてもガンバっているのに、もうこれ以上はガンバレないからだ。

それと同じでガン患者さんにもガンバレは禁句です。さらに、何気なく使っている言葉も傷つけることがあるのです。小さな親切大きなお世話になっている場合もあるんです。

気になっている人に幡野広志さんがいる。写真展にも足を運んでいるくらいに気になっています。彼は写真家であり、ガン患者でもある人です。写真もいいんだけど、言葉が胸にしみる感じがするのです。そこにこんな記事があった。

ガン患者に何と声をかければいいか?

シンプルにまとめたら、アドバイスは必要ないし、良かれと思う言葉をかける必要もない。つまり「・・・療法が良い」「・・・食が良い」「子供のために・・・」「残されるものに・・・」なんて言葉はいらないのです。

では、どんな言葉をかければいいのかとえば、自分で考えろということ。ヒントはいつもと変わらない特別な人ではなく普通の人として接することです。

僕自身も母を長い闘病のうちに亡くしているし、父も倒れた後遺症を長く持ちながら生活しています。人生の大半を病気と共にしている人たちが家族にいるんですね。そうなると接し方は多少の気遣いはあるものの健康な人と何ら変わりがなくなってくるのです。

どんな言葉をかけたらいいのか?

その問いに答えはありません。話すことができないなら聞くということが大事だということなのです。人は何か行動をしなければならないと感じますが、聞くことは何よりも大切な行為です。

人の話を聞くって、できるようでできないこと。黙って聞いていればいいというものではありません。右から左に受け流すのは聞くことではないし、聞きながら次に何を話そうかを考えているのも聞くことではありません。

傾聴と承認。

専門用語で傾聴というものがあります。カウンセリングやコーチングなど聞くことを学んだ人は知っている専門用語です。傾聴とは

もともとカウンセリングにおけるコミュニケーション技能の1つ。傾聴の目的は相手を理解することにある。それにより、話し手が自分自身に対する理解を深め、建設的な行動がとれるようになるようサポートする。 傾聴で大切なのは次の3つとされる。 ・言葉以外の行動に注意を向け、理解する(姿勢、しぐさ、表情、声の調子など)。 ・言葉によるメッセージに最後まで耳を傾け、理解する。 ・言葉の背後にある感情も受け止め、共感を示す。

コトバンクより

相手の話を聞くことです。相槌を打ちながらきちんと聞くことです。そして次に承認することです。承認とは

[名](スル)
1 そのことが正当または事実であると認めること。「相手の所有権を承認する」
2 よしとして、認め許すこと。聞き入れること。「知事の承認を得て認可される」
3 国家・政府・交戦団体などの国際法上の地位を認めること。「国連に承認された国」

デジタル大辞泉

辞書だとこういう意味なんですが、フィードバックに近いのかもしれません。カウンセリングの技術的なことから言えば、おうむ返しをするということです。このおうむ返しをするって、相手の話を聞いていないとできませんからね。承認とは相手の話を聞いていることを相手に伝えるということです。しかも自分の意見は交えずにということです。特に自分の考えや気持ちを相手に伝えることではありません。おうむ返しをする必要は必ずしもないのです。相手を認めて受け入れることが重要なのです。言葉で言うのは簡単ですが。

僕の観察では、傾聴と承認ができる人って、10年くらいのトレーニングが必要なことだと思っています。これは聞くことのプロの場合です。テクニックはシンプルなんですが、テクニックよりも人間力というかあり方というか言葉で説明しずらい部分が重要だからなんです。話すも聞くも言葉でのコミュニケーションに見えますが、言葉にならない部分が重要なんですよね。リラックスして話を聞くのが大切です。

「がんばって」というのは簡単です。その言葉かけは自分とは関係ないと関係性を切るようなもの。それは相手が楽になるのではなく、自分が楽になる方法です。

もし何かしようとするなら、自分の意見や考えや感情はおいておいて、聞くことが大事なんじゃないかな。

本質的なテーマと向き合いたい人向けのサービスです。
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