ホリスティック医療から統合医療へ

WHA(ワールド・ホリスティック・アソシエーション)でセミナーをしました。

新潟でのセミナー(連携する医療WHA)に続いて今回は東京開催でした。

以前からそうなんですが、集まる人によって講演の内容が変わります。

情報を伝えることよりも情報をいかに活用していくかに時代の流れは向かっています。

それも今までの自分の経験をふまえて未来の自分を創り出すように頭だけでなく腑に落とすことが大事になります。

参加者どうし、講演者どうし、講演者と参加者・・・場にいる人すべてが参加しているようなセミナーが好きですね。

新潟とやっぱり内容は違います(笑)

 

僕が心に響いたのは「心とは何か?」ということ。

辞書で調べると・・・

 人間の理性・知識・感情・意志などの働きのもとになるもの。また、働きそのものをひっくるめていう。精神。心情。

とある。

ふむふむ。わかったようなわからないような。

 

では、「心がない」ものって何でしょうか?

さらには、「心がある」ものって何でしょうか?

考えてみて下さいね。自分で考えることで見えてくるものがあります。

 

人間の理性・知識・感情・意志などの働きのもとになるもの。」を見て見ると、働くという言葉がでてきます。

この感じを分解すると「イ」と「動」というように分解できます。

「イ」は「人」を表します。つまり「人が動く」ということですね。

心というのは人が動くということなんです。

 

WHAでは復興支援もしています。「心の復興支援」をする時に、それは何だろう?と自問したそうです。

心の支援とは、「相手が動けるように支援すること」という定義を付けました。

これが一番大切なことです。自分が動いて何かをするのはなく、相手が動けるようにサポートしていくこと。

お金やモノや情報を与えるのではなく、その人がそのお金を得たいとと動けるようになったり、モノが欲しいと動けるようになったり、情報が欲しいと動けるようになることなんです。

一方的に与えられているだけというのは、飼われているようなもの。

人間の尊厳が奪われていきます。

自分から欲しいと望むことが人間である証なのかもしれません。

 

僕の講演のテーマは「健康で生きるために大事なたったひとつのこと」でした。

ブログを読んでくれている方にはバレバレなのでしょうが、この答えは「ワクワクすること」です。

では、「ワクワクする」ためには、どうしたらいいでしょうか?

答えのひとつは、「夢」を持つことです。

夢の本質は心です。自分が自発的に動きたくなるような夢を持つことです。

心が動きたくなるというのは「感動」でもあるのです。

「夢」には「感動」がつきものですね。目に見えないけれども確実にあるものなんです。

誰もが夢を持っています。持っていないという人は、忘れているだけなんです。忘れさせているという場合もあります。

夢を持てない状態というのは、元世界銀行の副総裁をされていた西水さんの著書を読んでいてわかりました。

毎朝、水をくんで、次は何をして・・・それを毎日毎日繰り返す生活。そして、自分の子供たちも同じことを繰り返していくイメージしかできない。

これは人間の生活ではなく、ただ動物のように生命を維持して生きているだけという状態。

「想像してごらん」とあるミュージシャンは言っていたけれど、夢を想像ができるというのは、人間が人間であるために必要なんですね。

ある政治家は「私には夢がある」言っていました。

希望がある未来を夢見ることが、健康な人間なのです。

自ら動きたくなるのが人間なんです。

 

そんな話をさせてもらい、最後にみなさんの夢をシェアしていただきました。

筋反射を使って確認したので、よりその人らしい夢がでてきて、人それぞれに宿る夢ってやっぱり素晴らしいなと思いました。

個人的な夢であろうが社会的な夢であろうがどっちでもいいのです。

自ら動きたくなる夢が大切なんですね。

 

タイトルの「ホリスティック医療から統合医療へ」への前置きが長かったですね。

これは、日本でのホリスティック医療への試みが海外のものとは違い誤解されて入って発展してしまったという話がでてきたのです。

これからは統合医療になっていくという話でした。

 

言葉の定義をちょっとだけ紹介しておきます。

代替医療
世界各地で古くから用いられている伝統医学、民間療法などの、現在主流の西洋医学以外治療法を総称して呼んでいる。英語の Alternative というのは「代わりの」という意味である。「現状に替わり得る」という事で使われている。ただし「西洋医学にとって替わるというものではないという事で Complementary つまり補完医学という言い方もある。

ホリスティック医療
病気は何らかの働きかけによって、患者自身の自然治癒力が活発になり癒されるものであるという全体論的な考えに基づく医学思想で、治療に患者が積極的に参加し、医師は患者を支え援助するものであるとする。様々な治療法を総合的に組み合わせたり、いろいろな観点から患者全体を見ていこうとするやり方。

統合医学
インテグレティブ医療といわれ、緊急医療には西洋医学、生活習慣病には代替医療というように、それぞれの得意な所を併用すればいいという現実的な考え方で、患者にとっては望ましい。原理の異なる様々の医療体系をミックスするのではなく使い分けることをワイル博士らが主張している。背景にインフォームドチョイスなどの患者の人間性を尊重しようとする患者主体思想の社会的浸透がある。

(参考文献 サンフランシスコ州立大学の保健教育学部長のホリスティックヘルスプログラムのエリックペーパーのテキストより)

来年は、この活動に積極的に関わっていきそうです。

WHA講師

12年ぶりのスーツ姿。こういうのもいいね。


OTAYORIちきりどん No.8

友人のちきちゃんが発行しているニューズレター「OTAYORIちきりどん」に紹介されました。

OTAYORIちきりどんNo.8

このニューズレターはとっても面白くていつか登場したいと思っていました。

その夢が叶いました!ありがとう!

A4裏表に情報がびっちり書かれていて読み応えがあります。しかも毎月発行しているんですよね。尊敬します。

紹介されているところはこちら・・・

OTAYORIちきりどん拡大図

文字に起こすと・・・

私事ですが、11月はお誕生月でした。30代に突入した頃から憧れていた45歳(デーモン小暮式に言うと32億45才)になりました。何か記念品を贈ろうと思いましたが、品物はあまり欲しいものがなかったので、自分に身につくものは何かな?と思い「サザエさんの街近く」に住む偉大なセラピストまぁちゃんの「ソース」というプログラムを受けることにしました。(ソースについてはソースでHPとか検索して下さい)(又は(www.uedamasatoshi.com)を)その時に、ふと話したことがあります。それは「私は高校生の時に人生の選択をしていた」ということです。本当は、きっとそのずーっと前からなんでしょうね。ティーンエイジャーの私はある日友人と自転車をぶっとばしながら「人生について」話していました。友人は「私は平凡な人生がいい」と言いました。私はこともあろうか・・・「ハランバンジョウな人生がいい〜っ♪」と。今もよく覚えています。あの時のワクワク感。とっても楽しそうに叫んだことも、キャッオーォ♪と。あれから30年弱。平凡を選択した友人は忙しく日々を過ごし(3人の子ども+夫)そしてあの頃と変わらず、ハツラツとキラキラしています。一方のハランバンジョウを選んだ私は、あまり人が体験しないことも体験してみたこれまでの道でしたが、泣いたり怒ったり、悔しかったり・・・いろいろあったことも、ネタにできるくらい楽しくユカイな今を過しています。しあわせって何だろう?マジメに考えとき、それは定義できるものじゃないないなと思いました。そして、自分のしあわせは、自分のものであって、人には当てはめられない。私がずっとうっと探し求めていたしあわせは、自分のものじゃなく、誰かが定義した誰かのものだったなと。「しあわせは いつも自分が決める」有名なフレーズですね。私は私の幸せを大切にして、そして自分以外の人のしあわせも同じように大切にする。これからの人生はそんなことを心に持ちながら過して行きたいなぁと思います。ところで、まぁちゃんの奥様がとってもCUTEな方でして・・・。今月はじめに「おやっ?」と思ったのは、私って友人の中に「ご主人の年の差があって、そかもご主人が年下」というカップルが多いんです。そして皆さん仲良しカップル。45才に憧れたその後は、そういうことを憧れの対象にしちゃおうかなぁ〜。ということも思った11月なのでした。

ソースを受けてくれて、大きな気づきを持って帰ってもらえたことが嬉しいです。

そしてうちの奥様をCUTEとだなんて♪ちなみにうちの奥様がNHKにでた時の写真を紹介。

けいちゃん

ニューズレターからちきちゃんが飛び出て話しかけてくれているかの錯覚を感じました。

ありがとうございます。僕もこのニューズレターにのって全国を駆け巡っているイメージが湧いています。

ワクワクの輪を日本に世界に広げていきたいな。

■ちきちゃんが紹介してくれたソースについてはコチラ
http://www.yoriyoku.com/source/ 

■ちきちゃんのブログはコチラ
http://vegespirit.exblog.jp/(おたよりVEGESPIRIT)
http://ameblo.jp/megumillier/ (うれしいカラダよろこぶココロ)

 


肯定するだけでカウンセリングになるのか?

満員劇場御礼座「まゆつば」を観劇した。

大笑いできる話にキラリと考えさせられる内容がさりげなく盛り込まれていた。

友人が出演したオムニバスに「肯定ペンギン」という話があり、心理セラピストとして大いなる気づきがあった。

皇帝ペンギンではなく、高弟ペンギンでもなく、肯定ペンギンなのです。

具体的には・・・

「私、モテるかな?」

「モテるに決まっているがなぁ。もうどこに行ってもモテモテ・・・」

 

「えぇ、やっぱりモテるわけないよね?」

「モテるわけないやん!鏡見たことあるんか。無理無理。やめておけ。」

 

「で、どうしたらモテるかな?」

「ん?」

というようなやり取りが続く。人間が話をしていて疑問にペンギンという設定。

何を言っても「肯定」するペンギンなのだ。自分を肯定すれば肯定してくれる。自分を否定すれば否定してくれる。意見を求めれば何も答えてくれない。

これを見ていてゾゾゾッと寒気がした。

機能しないカウンセリングを見ているような感覚なのです。

カウンセラーって話を聞き、自分の意見を言わないというのが原理原則です。

でもね、それだけだと人間味がないのです。

ただ肯定するカウンセラーに話をしていると、機械に向かって話をしているような感じがして、虚しさを感じるのです。

なぜそれが起きるのかをずっと考えていました。

人によっては、太鼓持ちのように肯定していればいいのでしょう。

ただ、僕の場合は違うのです。

それがピン!とわかったのです。

感情に共感していないということです。

自分が言っていることを肯定されても、心は動かないのです。

感情を肯定されると、心は動くのです。

ただ肯定されるだけでは、違和感が残るのです。

 

共感というのは、共に本気に真剣に考えているということ。

共感というのは、ちょっと俯瞰した位置で見守ってくれるということ。

共感というのは、共にいるということ。

 

大爆笑をしながらも、ゾクゾクっとしたのです。

ただ肯定するだけではカウンセリングとして機能しないということがわかった瞬間でした。

スキルを身につけただけでは機能しないのです。

心のことはそれくらい繊細なことなんですね。

 

肯定からすべてが始まる。でも、それだけだと何も生まれない。

人と人とが出会うことで、何かが生まれる。

そんな瞬間をセッションの中で作って行こう!

そう強く思った劇場体験でした。

北白川玉子さん、あべの金欠さんと

ゆみたまちゃんご夫妻と。すてきな時間をありがとう!

僕が自分の認識の一歩の世界を見たいと研究実践をしていると昔は哲学者がいたもんだけど、今は芸術家がいるんだよなぁ。


自分の軸を作るということ

自分の軸というのは、自分が何者なのかを知るということ。

自分はどこから来て、どこに行くのか?

ということなんです。この言葉を見ると旅人なのか?と思ったりします。

 

そうなんです。旅人なのです。

特に始めて会う人は、その人がどんな人なのかを知りたいのです。

それが軸なのです。

 

他者に自分を紹介するのにポイントになるのは、まずは自分で自分を知っていることが大切。

そして、どんな面を他者に知ってもらいたいのかが重要になります。

人間は多面的な側面があり、様々な顔を思っているとも言えるのです。その顔は良い顔もあれば悪い顔もあります。それが人間というもの。

 

日本人は自己紹介が苦手だと言われています。世界と比べてですが。

理由は簡単。もともとが村社会だったから。生まれてから死ぬまで新しい人に会う機会が少なかったのです。

いつも同じ人といると自己紹介もなにもない。だって、知っているから。すべて見ているし、見られている関係性だからです。

自分が考えていることなんて、周りは知っているから、特にコミュニケーションをとる必要もなかったのです。

 

現代では、新しい人たちと会うことが多いのです。だから、コミュニケーション能力が重要と言われたりしているのですね。

適切な自己主張をする必要があるし、他者の話を聞くことが大切になるのです。

 

自分の軸を知ることは、自分のためであり、他者のためであり、社会のためになります。

仕事をするとなると「私はこんなことができます。」と話す必要があります。

過去にこんな経験を積んで来ています。未来はこうなったらいいなと思っている。なので、現在はこんなことをしています。

自分理解と他者理解のために言語化しておく必要があるのです。

この言語化はとても重要なことです。

 

さらにこの軸について見ていくと頭で理解するだけでは足りないのです。

何が必要なのか?

それは身体です。身体に軸ができているか。

身体の中心に筋肉がしっかりついていて、それを使えているのかが大切になります。

以外と身体の外側だったり、大きな筋肉だけを使っている場合が多かったりします。

そういう人は軸がぶれたりするのです。

身体の軸と心の軸はつながっています。

健全な身体に健全な精神が宿るとはよくぞ言ったものです。

 

心と身体の専門家としては、このつながりを無視することはできません。

僕は軸がぶれがちになります。それは身体の軸ができていないことが、身体の先生から聞いてわかりました。

心の軸を作る。体の軸を作る。

研究を続けます。


豊かであるためには・・・

僕の今までの豊かさの定義は・・・

「好きなことを好きな時に好きなだけ好きな人とする。」

というものでした。

これはもちろん豊かさということことではあるのですが、どこかで借り物の言葉のようにも感じていました。

ソースのマイク・マクマナス氏の言葉を変えて僕の定義にしていました。

それが変わりました。

豊かさを考える時に、逆転の発想で、豊かでないと感じた経験をこの1週間で振り返ってみました。

豊かさでない経験をしたなと思いこんでいたことで、結果的に豊かさを感じる経験になったことも多いことに気づきました。

時間をたっぷり使って友人との時間を過ごせたことが、とても嬉しかったりもしました。

でも、ひとつだけ豊かさを感じていないことがあったのです。

それは、友人のホームパーティーにお祝いを持参しなかったこと。

分かち合えない悲しみを感じていたのです。

自分が思っている以上に深い悲しみでした。

人に与えることが、なんらかの理由でできない時に、僕は悲しみを感じてしまうのです。

それを深く掘っていくと、自分の中にある泉のイメージが湧いてきました。

僕を中心に豊かさが広がっていくような、そんなビジョンです。

自分が発信基地となって豊かさが広がっていく。

僕が誰かに豊かさを流して、またその人が豊かさのバトンを渡していく。

この感覚を感じた時に、とても心が平和になったのです。

ペイフォワードの世界ですね。

豊かさの罠は、他人との比較です。

他人と比較するから落ち込んだりするのです。

そして、外的な要因が豊かさだと勘違いしている。

家だったり、車だったり、お金だったり・・・物だと思っているのです。

物はとても比較がしやすいのです。

豊かでないとあせってしまうのです。

真の豊かさは心の中にあります。

心が豊かだと、自分の周りにある物が豊かになっていくのです。

豊かな心が、実際ある物に感謝できるのですね。

今のこの時代に日本に生まれてきた幸運だったとしか思えません。

だからこそ、自分がリーダーシップを発揮する必要があるのですね。

誰の中にもリーダーシップがあるのです。

シンプルに定義をするなら「自分発信で与えること」です。

それが豊かさにつながるのです。

この与えるのは、モノでもお金でもヒトの紹介でも情報でも気持ちでも何でもいいのです。

これに気づいたら、どちらか一方を選ばなければならないと感じていたことが、両方とも叶うという経験を即座にしました。

いつでも豊かさは自分の中にも、そして周りにもあふれかえっている。

それをただ選んで受け取るだけなのです。

あなたにとって豊かさとは何ですか?

豊かさとは?


連携する医療WHA

WHAで「医療者向け ホリスティック医療セミナー」をしてきました。

WHA(ワールド・ホリスティック・アソシエーション)は、

西洋医学にも各種代替療法にも、得意分野・不得意分野があります。そこをしっかりと理解した上で、


  • 医療を受ける人には、自分の責任において自分にあった医療を選択して欲しい。
  • 医療を施す人には、「患者さんの治癒力が高まる手助けができるように知識を身につけて欲しい」、そして「患者である私たちと共に、西洋医学のみにとらわれず東洋医学をはじめとする各種療法を含めて、いろいろな可能性を考慮した医療プログラムを構築して欲しい」

と願いました。

そこで私たちは、人を丸ごとみるホリスティックな観点から医療を受ける側の人たちと医療を施す側の方たちが対等の立場で医療を考えるための会を立ち上げました。

という趣旨で立ち上がった組織です。

立ち上げ10周年の記念講演会で、ワークショップ型のセミナーをしました。

ご縁があって10年前に主要メンバーとして関わらせてもらい各地に講演会に行ったり、救急法や最低限しっておきたい医療知識も学んだりしました。

新潟入りしてすぐに核となるメンバーのひとりの治療院に行きました。

ナチュラルメディカル

ナチュラルメディカルです。ここの治療院はとてもユニークです。というよりも代替医療の先端をいったりしています。

ここでは、治療を受けると、食事のことを言われるだけでなく、病院で検査することを薦められたり、歯科に行くことを薦められたり、運動やストレッチ、食べる物への指導もしてくれたりするのです。

元々がそうだったんですが、昨年から治療院なのに、フィットネススタジオも併設されています。

キネシス

僕も毎週フィットネスでやっているキネシスがありました。これは筋肉を鍛えるのとストレッチの両方ができます。それが人間の身体にあった負荷を与えてくれるのです。僕はとても気に入っています。

朝から晩まで予約が埋まっている治療院なので、終わるまでには時間がありました。

「スタジオトレーニングでもしたら」とウェアと靴を渡されてエアロを60分とストレッチポールを15分のコースをやりました。

移動で身体は動かしていないので、動くことは気持ちが良いですね。

僕も身体を鍛えはじめた理由があるのです。

治療を受けているだけでは身体はよくならないのですね。治療だったりマッサージだったり誰かにやってもらうことは、その時だけはいいのだけど、時間が経つと戻ってしまう。

自分の身体は自分でケアするという自分から治すという気持ちがとても大切なんです。

ナチュラルメディカルは僕にとって理想的でな施設です。

フィットネスで身体を鍛えている人が治療を受けてより動く体を手に入れてることができ、また治療を受けに来た人が体を動かすことで自分の身体と付き合うことができるから。

自分で自分の体に気づいて責任を持つということなのです。

体を動かした後に、肩が上がらないのをみてもらいました。

すぐに

「これは、体の筋肉が縮んで動きづらいんじゃないんだよ。肩の筋肉がゆるんでいて、骨が肩にハマっていないから起きているんだ。ストレッチをすればするほどルーズになっていくから逆効果。筋肉を鍛えることで骨を正常な位置にすることが大切。頭が勘違いしているからまずはその認識をするために体に気づいていかないとね。」

というアドバイスを受けました。納得です。この指摘は初めてされたもので、とても納得がいくものでした。

肩甲骨周りの筋肉の感覚を最近つけるための運動をしているんだけど、より体に気づきながらやると効果が高そうです。

自分で自分の体がわかることって大事ですね。誰にもわかる言葉で言ってくれるのがありがたいです。

さて、僕が講演のタイトルは

「健康で生きるために大事なたったひとつのこと」

というもの。

体、精神、やりたいことができる、生きる、めぐる、可もなく不可もなく、タバコ、基本、食べる、平常心、喜びを共有する、心と体、バランス、ベース、ワクワク、体、やりたいことができる、ストレスがない

みなさんに「健康」について考えてもらいました。

ワークショップ型の良い所は、先生も生徒もないということ。

WHAの基本趣旨である「患者主体の医療」にもつながる考え方です。

「我以外皆師」というとカッコいいですね。

誰もが先生であり、誰もが生徒なのです。

正解もなければ、不正解もない。人それぞれが答えを持っているのです。

サラリーマンも、お医者さんも、主婦も、代替医療者も対等に話をする。

誰もが自分の人生のスペシャリストです。それまでも経験は皆違う。その経験を尊重しながら話をしたり聞いたりしていると、また新しい自分が見えて来るのです。

 話をする、触れ合うと緊張がゆるんでみなさん楽しそうに学びを深めています。

受け身ではなく、参加しているという姿勢が大切なのでしょうね。

これは学習を高める方法でもあるのです。

あまり書いてしまうと次の講演のネタバレになってしまいますね。

参加している人によって自在に内容は変わるので大丈夫なんですが(笑)

このセミナーは油断できないのです。何時何の話をふられるかわからないから。

いきなり「これについてどう思う?」「これやって」とふられるのです。

臨機応変にその場にあった内容が展開されるのです。

予定調和ではなく、その瞬間のベストを伝えたいから起きることなんです。

そのためにチームって大事ですね。

個々も自分の持ち場で技術や人間性を磨いていく。その人達がチームを組んで切磋琢磨していく。

ありがたい仲間です。

ワールドホリスティックアソシエーションの仲間達

10年前に発足し、様々な活動を通じてお互いをぶつけあう。

またそれぞれの道を歩んで、再会をする。

お互いの成長を感じあい、学びあいの場でした。

ほぼ同じ内容の東京でも講演会をします。

●「医療者向け ホリスティック医療セミナー」のご案内

患者主体の医療を考える会 WHA「ワールド ホリスティック アソシエーション」は、発足10年を記念して「ホリスティック医療セミナー」を企画いたしました。医療者向けの内容ですが、一般の方もご参加いただけます。

●日時
平成24年12月15日(土) 13:00~16:30

●内容
◆下條茂(ナチュラルメディカル株式会社代表取締役社長、WHA理事長)
「次世代医療」
◆染谷光亨(染谷抗加齢研究所所長)
「生活の質を高めて健康寿命を延ばす秘訣」
◆上田正敏(フリースタイル代表)
「健康で生きるために大事なたったひとつのこと」
◆成瀬大介(ナチュラル整骨院院長)
「簡単にもほどがある!ホリスティックに人を診るコツ」

●場所
新橋駅近郊(参加者の方にお伝えします)

●参加費
7000円

●申し込み
ナチュラルメディカル株式会社 新潟県柏崎市長浜町1‐39
TEL:0257-21-1625
FAX:0257-47-7211
E-mail info@natural-mj.com


やりたかったけれど、できなかったこと(その2)

前回のブログの続きです。

やりたかったけれど、できなかったことで大切なことは何でしょうか?

 

それは、 なぜやりたかったのか?

 

やりたい理由があるのです。

人は感じるために行動すると言っても過言ではないくらい、感じることがとても大切。

さらには、心が動いて感動するくらいに強烈な感情を感じたいと思っています。

 

動物を見ていると、生きるために必要なこと以外は無駄なことはいっさいしない。

暇があるなら寝ています。

ところが、人間は遊んだり、無駄なことをいっぱいします(笑)

仕事も食べるためというよりも感動したくて仕事をしている人もたくさんいます。

 

感謝も感動から生まれています。

感情を動かしてくれて有り難いから感謝するのです。

人に感謝したり、自然に感謝したりしてますよね。

やりたかったことというのは、心を動かしたいからなのです。

 

どのように心を動かしたいかのでしょうか?

 

それが、なぜ、やりたかったのかということにつながるのです。

僕がワークショップでネタにしていたことがあるのです。

僕のやりたかったけれど、できなかったこと。

それは、大学時代に同棲というものがしたかったのです(笑)

学生時代は、どちらかというと男女関係には疎い人でした。

興味はあるけれど、恥ずかしいのです。

男性としての自信もなかったし。

だって、小学校の頃は、足が速い男子か、頭の良い男子しかモテなかったからね。

高校は別学で教室には男ばっかりだったり、大学は理系だったので女子はほぼいない。

ものすごく憧れてたんです。

周りの友人達も同棲をしている人はいませんでした。

でも、男女が一緒に暮らすって普通のこと。

結婚して共に暮らしてって、うちの両親もそうでした。

ところが、男女が共に暮らしをするって、自分にとっては未知の世界だったのです。

それはいったいなんなんだ? わからないことだらけです。

僕は未知のことに興味を持ちます。

知らないを知ることにワクワクするのです。

そう感情が動かされて感動するのですね。

もし、学生時代に同棲していたら、きっと幸せだったり心が穏やかだったのだろうなぁ・・・

そんな話をネタにしていました。

これも、ある時にこの話をしていて気づいたのです。

うちの奥さんとは、結婚する前に一緒に住んでいました。

今、考えるとそれは同棲ごっこみたいなものです。

確かに幸せだったり心穏やかな毎日でした。

ロマンスを味わっていたのですね。

ちょっとでも長く時間を共に過したかったのです。

やりたかったけど、できなかったことは、いつかやることになるのです。

それを痛感しました。

友人も役者になりたいという夢をあきらめて違う道を歩んだ。でも、やっぱりそれを忘れられなくてまた役者の道を選んでいる人がいます。仕事をしながら役者もしています。

 

今はできないかもしれない。

それは今できないだけなのかもしれません。

いつか、どこかで、できる可能性があるのです。

それは、時代の問題かもしれないし、場所の問題かもしれないし、自分の実力の問題かもしれません。

どれかをクリアすれば解決する可能性が大きいです。

 

もし、今、やる気が起きないと感じているなら、昔やりたかったことをやってみるのもいいかもしれません。

自分の中に眠っていたワクワクした気持ちが甦るかもしれませんよ!

自分の内側にあるワクワクを見つることが、自分を知ることための近道です。それを見つけるためのワークショップです。
■ ソース・ワークショップ→http://www.yoriyoku.com/source/


やりたかったけれど、できなかったこと(その1)

今までの人生で「やりたい!」と思っていたのに、様々な理由でできなかったことはあるだろうか?

そして「できなかった」ことを忘れることはできただろうか?

 

なぜ、「やりたい!」と人は思うのでしょうね。不思議です。

しかも、この「やりたい!」という気持ちは、人によって何をしたいのかが違うのです。

これを個性と呼ぶのでしょう。

 

本当にやりたいと思っていたことは、本人がやる必要があることだからやりたいと思うのでしょう。

 

時にはそれができないこともあります。

あきらめる事情があったり、誰か他の人の助言に従ったり・・・

それは、自分に準備ができていない時だったということです。

脳神経学にいうと人は選択するのに1秒もあれば十分だと言われています。

この選択は、意識的に選ぶというよりも、直感的に選んでしまうに感覚。

選べない時は準備ができていないこともあるのです。

 

あぁ、できなかった・・・

 

そんな想いで人生が終わるのでしょうか?

いいえ。いつでも選びなおすことができます。

 

形は変わるかもしれないけれど、選ぶチャンスは必ずやってきます。

「それは何時か?」と聞かれたら、「何時でも」と答えます。

その考えが頭に浮かんだ時にはそう思うのです。

 

僕にもやりたかったけれど、できなかったことがはあります。

ずっと子供の頃から昆虫や動物が好きでした。

なぜか興味を持っていたのです。

高校1年生の時に進路の適性検査を受けました。その時の判定で「医師・薬剤師」という判定がでました。

「うわぁ・・・そんなにお金がかかるコースは無理だわ。」

と思ったのです。そして1年後に同じようなテストを受けた時の判定は「理学・工学系」の判定がでていました。

「生き物」から「人が作ったもの」に興味を変えたのです。

 

そして、大学は理工学部電子工学科に入ったのです。

これが面白いもので大学4年生で選択した研究室が「生き物の特徴を工学的に応用する」研究をしていたのでした。

脳神経学の工学的応用の研究をそれから3年ほどしたのです。

人間の神経も電気信号だし、電子の情報伝達もコンピューターも電気信号で動いているし、インターネットも電気信号で動いています。

まぁ似たようなものなので。

 

就職はまた電気関係の会社の研究開発部門に就職したのだけれど、営業と開発が手を組んだプロジェクトに入ったり、組合の仕事をさせられたりもして、人間に関わる方向に勝手に進んでいました。

でも、それもなんか嫌だったと思っていたのです。

今だからわかるんだけど、高校生の時に否定したからね。

嫌いなものは嫌いと決めたら、それを意地でも守っている自分がいるんです。

だって好きなものを嫌いと決めて、それを守り続けないと自分が自分でいられなくなると思っていたから。

 

さらに、友人から紹介で心理セラピーの道を知り、それで独立起業までしたのです。

それから12年経った今気づいたのです。

「あぁ、やっぱり高校生の時に思っちゃったことを形を変えて実現してるんだわ。」

それに気づきました。

このルーツに気づいた時にびっくりしたんです。

ずっとそんなことを望んでいたのに、それをあきらめていたのだとね。

今できなかったとしても、いつかはやることができるようになるのです。それを選べばね。

 

自分が何が好きだったのかを棚卸しするのにオススメなワークショップを開催しています。

■ソース・ワークショップ→http://www.yoriyoku.com/source/


生かされているという感覚

けいちゃんとはぎちゃんとゆうかさんとはぎちゃんこと萩原先生と優香さんこと長田先生とご一緒にたまプラーザの子ぐまでお好み焼きを食べながら話題がいろいろと飛びながら人間という存在に対しての深い話を堪能しました。

お医者さんと心理セラピストという関係性なのです。はぎちゃんは、スリーインワンを習いに来ていただいた関係であり、優香さんはブログセミナーを受講してくれた関係性です。

「師弟関係なんですね。」と言われて「はっ」としました。

師弟とは、どちらも師であり、どちらも弟子なんですね。学び学ばれあう関係性なんだな。お互いが成長しあうためにいてくれる存在なんだなと感動したりしました。

不思議とネットを通じてゆるくつながっているのです。

いつも新しいことを学んだり、現場での体験から学んだりしている姿に共感を覚えます。

お二人とも、自分の好きなことを追求し、それを仕事として周りの人たちに分かち合っています。

お互いがお互いの役割がある。

そんな感じがしてならないのです。

この役割は人に押し付けられたりしたものではありません。

自分で役割を選んで演じているのです。

 

でもね、自分で選んでいるという感覚さえ超えているのではないか。

何か大いなる存在がいて、生かされている、演じさせてくれている舞台を用意されているんじゃないかという感覚がどうもあるようなのです。

 

なので、とても謙虚なのですよ。

「俺が俺が・・・」みたいな押しがないのです。

ただそこにふわっといるみたいな自然体なのです。

前日にスターウォーズのエピソード4をみたせいか、オビ=ワン・ケノービというメンターにしか見せません(笑)

ビジョンや使命は持っている。それが自然の法則かのように当たり前なんだと。

その在り方を見ているだけで勇気をもらえたりするのです。

 

生かされている。

 

そんな感覚を持てた時。人は力を発揮できるのではないか。

そんなことを思った夜でした。


自分と相手の中に答えがある!

答えはいつも自分と相手の間にあります。

特に関係性にまつわることはすべてそうです。

 

個人のことは自分の中に答えがあります。

どのような関係性を持ちたいのかについても自分の中に答えがあります。

 

ところが人が関わった場合・・・

相手には相手の答えが相手の中にあるのです。

自分の答えと相手の答えが一致している時には問題は起こりません。

ところが、自分の答えと相手の答えが違う場合に問題は起こります。

同じだと思っていても、実は違ったということも多々あります。

 

例えば、「私は花が好き」「私も」といった会話があった時に、「2人とも同じだね。」ということもできます。

でもね、「じゃぁ、どんな花が好き?」と聞いてみると「バラ」「ひまわり」「チューリップ」「桜」「ユリ」と様々な答えが返ってきます。

花という言葉を聞いただけでイメージが湧いて来る物がみんな違います。

人によってイメージの中では「野生の花」だったり「花壇」だったり「花束」だったりするかもしれません。

 

こういった認知の違いが問題を引き起こすことがあるのです。

同じ言葉を使っていても人によっては意味が違うのです。

文脈が違うとかコンテキストが違うという言い方をしたりします。

 

自分の中の答えと相手の中にある答え。

このふたつをすり合せることが大切です。

まずは相手の理解です。

 

この時に、「私が正しい。相手が間違っている。」と勝ち負けの問題にしてはいけないのです。

お互いの答えがぶつかって変化していく必要があるのです。

つまり第3の道が必ずあるのです。

 

この考え方は好きなことを仕事にするためにも役立ちます。

「自分がやりたいこと」と「相手が望んでいること」の2つがつながった時に仕事になる可能性があります。

それがお金を払ってでもつながりたいと思うことが仕事になるのです。

 

答えは自分の中にあるだけではなく、関係性の中にあります。

その答えを探していくことが社会とつながるということなのではないかと思っています。

人間は一人で生きられる存在ではなく、他者がいることで生きることができる存在だから。