自分の言葉で話しているのか?

最近、感じているテーマです。

どうも僕自身が話している言葉は借り物であり、自分の言葉ではないのではないか?

という疑問が浮かんでいます。
ブログもあまり考えて書いていないのです。
頭に浮かんでくることをただ書きとめているのです。

なぜ、そう思ったのかと言うと、「自分の意見で生きていこう」という書籍を本でもkindleでも読み、読書会もしながら読み込んでいるから。

うちのかみさんからも、
多くの人の言葉を言っているだけではないのか?それは本当にあなたの言葉なのか?
というようなことを言われて妙に納得しているんですよね。

言葉そのものが、他人の言葉を聞いて覚えて、言葉を発するものだからかもしれません。

でも、その学んだ言葉を自分の中でじっくりと考えることに使うことが重要なのではないのか、そんなようにも思っています。

ブログも毎日3000日以上更新していた時代もありましたが、本当に考えていたのかといえばそうではないのかもしれないのです。

もしも、自分の頭で考えて自分の意見を言っていたならば、ファンがたくさんいて、出版さえしていたんじゃないかと思ったりするんですよね。

空っぽな自分だから、自分自身が受け取ったものをただ与えるという通過点にすぎないのかもと思うと落ち込みます。

ただのフィルターであり、何も創造していないのかもしれない。

自分の言葉で話すと言うことは、どういうことなのだろう?

そんなことを考えている今日この頃です。

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