催眠はこわい?催眠とはなんだろう?

田園調布にある自然療法も取り入れて治療を行なっている長田整形外科で、イーハトーヴクリッニックの萩原優先生の催眠セミナーに参加してきました。

長田整形外科の医師である優香先生とイーハトーヴクリニックの医師である萩原先生のご縁を取り持ったのが僕で、2人ともステキで信頼できる友人なのです。

人間が本来持っている力をどのように発揮するのか。人間の不思議を探求している仲間なんです。

 

さて、催眠セミナーについて感想を。

萩原先生曰く「人は1日のうちに何回も催眠状態になっているんですよ。」とのこと。

例えば、時間を忘れるほど集中している時、ドラマや芝居を見て感動して涙している時、リラックスしてぼーっとしている時なんかも催眠状態なんだそうです。

また、外側で起きていることに自動反応するのも一種の催眠状態なんだそうです。おじぎされたらおじぎしちゃうみたいなのもそうなんですよね。

睡眠から目覚める時にも催眠状態にあるそうなんです。寝ている時には、デルタ波、それからシーター波、アルファ波をえてベーター波となって起きるんだそうです。

このアルファ波とシーター波の状態を催眠状態と呼んでいるとのこと。つまりとてもリラックスしている状態です。

顕在意識と潜在意識の話も面白く、「顕在意識と潜在意識はあるか証明はできないんだけれど、この考え方を使うと心理のことがうまく説明がいく」という正直な話に共感しました。

人は「わかる」という感覚がとっても大事なんですね。

 

催眠はかかりやすい人とかかりにくい人がいる。そんなテストもしたんですが、僕はどうもかかりやすい人みたいです。何事にも好奇心を持ってトライする人に多いらしいのです。「やってみよう」精神があるからかしら。

 

そして、会場全員で催眠体験。

僕のでてきたイメージは・・・渡り鳥でした。

過去でも前世でもなく、鳥のイメージがでてきたのです。いや前世が鳥なのか。俺は鳥の生まれ変わりなのか。

なんじゃこりゃとツッコミを入れている自分もどこかにいるのですが、でてきたイメージにのって味わってみました。

海で仲間たちと休んでいて、再び飛び立とうかという場面です。

そこだけ強烈に覚えていて、あとはピクっとしたりして気持ちよい状態でいて、全部忘れました(笑)

後から思い出したのは、高校時代はワンダーフォーゲル部。これは渡り鳥という意味。社会的規範から自由でありたいという願いが込められてつけられた名前らしい。

NPO法人を仲間と立ち上げた時に、中心メンバーがいっていたのは、渡り鳥のイメージ。渡り鳥の先頭はいつも交代していく。先頭の鳥が空気抵抗をうけて一番体力を使うのだそうです。

「様々な枠を外して自由な仲間たちと前を向いて飛んでいきたい。」という僕の心からの願いがあるんですね。

やっぱりそうなのかと原点に戻ったような気がしています。

 

セミナー後、優香先生のご主人である長田先生とご挨拶。修造イズムを感じるとっても熱い方でした。太陽と月があるステキな病院ですね。

この治療院に勤務している鍼灸師の奥野さんが、数年前の本田健さんの八ヶ岳セミナーでご一緒された方でした。どこかで会った人だなと思っていたんですよね。奥様も参加されていて再会にびっくり。ご縁って不思議なもんですね。嬉しいですね。

 

帰り道に萩原先生とお茶をさせてもらいました。

その時の話がとても濃かったんです。学びがさらに深まりました。

「もしかしたら、普段の状態が催眠状態であり、催眠をかけた時に催眠がとけて、本来のその人が現れるのかもしれませんね。」

ありがとうございました。

 

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ネガティブな感情の裏にあるポジティブな感情。
頭とハートをつなぐことで本当の自分が見えてきます。
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ワクワクすることがその人の才能なんです。自分の源泉(ソース)を発見して活用する方法を学びます。自分だけの方法を見つけていきます。
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強みって何だろう?

「わたしの強みって何ですか?」

「えーっと・・・」

答えに困ってしまったことがありました。

 

会社員時代の僕は物事の問題点を発見するのがうまかった。

ただ、物事の良い面を発見するのは苦手でした。

この態度の悪い面は、世の中を批判的に見ているということ。

自分には何もないのに周りの批判ばっかりしていました。

一時的に変なプライドは満足しますが、心の底では虚しさを感じていました。

 

メンターから「人の才能を見るんだよ。」と言われてやってみました。

「見つからない・・・」

そう思ってまた落ち込みました。

すると

「今はダサいかもしれないけれど、未来はこんな才能が開花するかも。可能性を見るんだよ。」

この言葉を聞いてから良い面がどんどんと見つかるようになりました。

3年くらいはかかったでしょうか。こんな良い面があるという面を見ることができるようになったのです。

そして、今では得意なことといえるくらいに育っているものの見方だと思っていました。

 

「わたしの強みは何ですか?」

と聞かれて答えられない自分にびっくりしたのです。

理由はあるんです。

強みはわかる。でも、これを伝えたらこの人はもっと苦しくなるかもしれない。

 

僕にとって「強み」の定義は、経験からえたその人の才能です。

これとは違う才能に「ギフト」があり、その定義は持って生まれた才能です。

「強み」は後天的に身につけた才能であり、「ギフト」は先天的に持って生まれたきた才能です。

後天的な才能である「強み」は、過去の経験から身につけたものなので、その時にはその人の助けになったのかもしれないけれど、今は邪魔をしているものになっていることがあるのです。

強みにも、長所と短所があるのです。

強みは特徴ですから両方の側面を持つのです。純粋に良いとか悪いとかはありません。

短所と思っていることが長所でもあり、長所だと思っていることが短所になることもあるのです。

ただの特徴ですから、どのように使えば長所になるのか、短所になるのかを知っていればいいのです。

 

「えーっと・・・

まだ、今持っている強みをすべて表現していないように思えるから

答えることができない。」

と返答をしました。

先天的なギフトと後天的な強みの両方があわさることで、今の強みがわかるのです。

 

質問をされた方は、クライアントさんで、心の深い部分で共有をさせていただいています。

なので、いろいろと知っている分、うかつに答えられない状況になったのです。

強みがあることはわかっているし、それが表現されたがっていることもわかっている。

今はそれがわからないのです。それは、深い段階の強いだからかもしれません。

 

1)強みを表現しているのか。

2)自分の先天的な才能と後天的な才能が使われているのか。

3)才能を社会に還元しているのか。

 

これは強みを知る上で大事なことです。

 

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自分軸を作る

自己イメージを変えるでは、自分の枠を広げる方法を紹介しました。

自分の枠を広げているうちに自分がわからなくなることがあります。

他者の言うことに影響されすぎて、自分自身を見失ってしまう場合があるのです。

 

その時に役立つことは、受け入れて選択することです。

 

「自分って何者なんだ?」という哲学的な問いを考えることは度々あります。

「自分の才能ってなんだ?」というのも同じような問いです。

自分は?才能は?

この問いの本質は、他者と自分の違いです。

ということは比較が鍵を握っています。

他者と自分を比較して、自分が劣っているように感じると焦ったりします。

そして、他者の持っているものが欲しい。

でも、決して手に入れることはできない。

そんなジレンマを感じるのです。

比較の罠に陥っているのです。

 

話を戻します。

他者の助言は受け入れて選択することが大切になります。

他者の助言は必ず一理あります。自分を広げる時にはチャレンジする価値は多いにあるのです。

広げる時もあれば、狭める時も必要です。

そんな時には、他者の助言は聞く、それをやってみるかどうかは自分で選ぶのです。

「守破離」という言葉というすばらしい言葉があります。

最初は「守」なんです。徹底的に学び、真似るのです。

それから、自分が選んで「破」の時が来るのです。

自分が選択する必要があるのですね。

 

この時のコツは、拒絶して捨てるということではないのです。

受け入れて選ぶということ。

 

受け入れる行為も選ぶという行為も自発的な行為なんです。

拒絶というのは受動的な反応に過ぎません。

 

自分軸を作るためには自発的であることが必要不可欠です。

それは、もしかしたら孤独を感じるかもしれません。

自分軸って独自性なんです。

でもね。独りでいることは孤独でもないんだけどね。

このバランス感覚は重要ですね。

 

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自分の価値は何事にも揺るがない!

世の中で起きていることで、自分の価値が上がったり下がったりする。

例えば、褒められれば嬉しくなり自分はすごい人と思ったり、怒られたら悲しくなり自分はダメな人だと思ったり。

ポジティブな感情を感じる時には自己価値が上がり、ネガティブな感情を感じた時には自己価値が下がる。

株価みたいに自分の価値は変わるのでしょうか?

 

僕は価値は変わらないと思っています。

自分自身に対する見方は変わります。

感情を基準に自分の価値を決めていると、(感情は無意識に近いので自分で決めているとは思っていないのですが)、感情に左右されてしまいます。

感情は風見鶏のようなものです。風によって見る方向が変わる。

つまり感情はいつも動き続けるということです。

 

自分の価値は全く変わっていない。ところが感情によって上下左右と揺さぶられることがある。

感情で自分の価値を決めることは、とても大変なことです。

自分の価値がブレる時、それは感情に支配されていることに気づくことはとても重要です。

 

ついつい、自分の価値が揺さぶられると、物事をニュートラルに見れなくなります。

自分の持っている色眼鏡で外の世界をみてしまう。

 

自分の価値が揺らぐ人は、自分を癒すことが必要かもしれません。

 

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セラピー、ヒーリング、カウンセリング、コーチング

質問を受けました。

「セラピー、ヒーリング、カウンセリング、コーチングの違いはなんですか?」

それぞれが人によって定義が違います。言葉の使い方も違ったりします。

僕の定義を書いておきます。

 

カウンセリングとコーチングは、話芸に入ります。

つまり言葉を使う方法です。

言葉のやりとりから何かが起きるというものです。

僕にとってはこの2つは技法的には同じものです。

何が違うかといえば名前のつけかたの違いです。

同じものをどう呼んでいるかの違いです。

どんな人を対象にするかで呼び方が違っているように思っています。

 

セラピーは技術です。

言葉以外の技術も使うものをセラピーと定義しています。

そしてこの技術は誰でも学べるものです。

 

ヒーリングは特殊能力です。

持って生まれた資質によっての能力です。

セラピーは後天的に身につけることはできるが、ヒーリングは先天的なものです。

特殊というのは特別だということでもありません。

誰もがヒーリングの能力を持っています。

持っているヒーリングの能力は人それぞれだと思っています。

自然治癒力は誰もが持っているからね。

それを他者に使うのがヒーリングだと定義しています。

 

最終的には、どれも同じといえば同じです(笑)

言葉による相手とのコミュニケーションを持ち、セラピーという技術を通して、自分のヒーリング能力を提供していく。

言葉の使い方も技術のひとつですから。セラピーの質を持ったりもしますね。

 

尊敬するドクターのひとり萩原さんのブログにこんなことが書いてありました。要約して書くと・・・

「どの心理療法が効果があるのか?」

リサーチ結果は2つ。

1.心理療法の理論・技法による効果の違いはない。

2.共通因子が重要な働きをしている。

そして、その要素と割合は以下の様なものであると、

・クライアントが持っている資源 40%
・セラピストとクライアントの関係の質 30%
・プラシーボ効果 15%
・セラピーの技法 15%

理論や技法の違いがない。しかも技法は15%に過ぎない。
(ランバートの調査から)

というものです。

 

僕にとってセラピーとは、自分の在り方を磨くことに使うことが大切。

自分と向き合い自分の答えを探すもの。

それには他者と体験が必要です。

 

今日も人に出会い、体験をしていきます!

 

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人は感情で動く!

人は人が思考で動くものだと考えがちだ。

とても冷静に判断をして行動していると思っている。

そうありたいけれど、実際には感情が支配している。

 

自分がどう感じたか。

 

それがポジティブなものであれ、ネガティブなものであれ、その感情に応じて思考が働くのだ。

感情はどのようにして起きるのかといえば、これがまた自発的ではないのです。

感情は外部からの反応です。時には記憶を思い出して反応することもありますがこれも時差がある外部からの反応です。

感情を客として表現した人がいますがまさにその通り。

客はやってきて去っていきます。

自分ができることはもてなすことくらいです。

それが歓迎する客でも嫌な客でも同じこと。

必ず去っていくものです。

 

ポジティブな感情は自分を促進させ、ネガティブな感情は自分を抑制する。

これが自分にとって健全に働いていれば、何の問題もないんです。

ところが、誤解している時がある。

人間は完璧に作られてないから。この完璧でないからこそ発展していく側面を持っています。

この誤解は、意識的であれ無意識的であれ問題を引き起こす。

とくにネガティブな感情がね。

これは生き残るためのシステムです。

この人間が持つ仕組みを否定してもあるものはあるんです。

変えることはできません。

 

では、このために何ができるのか?

人間は学習する動物です。

動物の中でも秀でた才能を持っています。

再学習する必要があるのです。

 

そのために思考と感情の両方からアプローチしていきます。

そして最後は、意志の力を使います。

 

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自分らしさって何だ?

僕の目指していることは「誰もが自分らしくいる」ということです。

この「自分らしさ」が案外、難しいのです。

自分自身っていったいなんなんでしょう。

 

これには理由があります。

「本当の自分」があると仮定すると・・・

本当の自分と自分がイメージしている自分の2人がいます。

自分がイメージしている自分のことを「自己イメージ」と呼びます。

「本当の自分」と「自己イメージ」が一致しているとストレスはありません。

これがズレている時に違和感を感じたり、悩んだりすることがあるのです。

 

自分自身を自分が認識することはとても難しいのです。

なぜなら、期待が入るから。

「こんな自分であるはずだ」「こんな自分であって欲しい」という期待。

頭の中で考えていることと実際が違うことがほとんどです。

実際の体と頭は違ったりしますからね。

 

自分を客観視できるということは、それだけですごい才能です。

自分を他人としてみる能力です。

世阿弥は「離見の見」という言葉を使っています。

自分が離れて自分を見るという意味です。

基本的に自分が好きだったり、嫌いだったり感情が入るので主観的になっちゃいます。

冷静に自分を客観ていに見れる人は本当に少ないんです。

 

その人自身が一番力を発揮するのは、頭と体がつながった状態です。

もっといえば、頭とハートと体がつながった状態です。

どうすればいいのでしょうか。

 

言葉で語るのはとっても難しいんです。

それは答えは自分の中にあるから。

そして、頭でいくら考えても出てこないのです。

 

だからこそ、僕は「体に聴く」という方法を使い個人セッションをしています。

頭で考えるだけでなく、自分自身のハートにつながる方法です。

自分自身につながると人は顔がスッキリして目が輝いていきます。

本当の自分に会えるかもしれません。

■個人セッション

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好きなことをするためには・・・

現代人は忙しい。

手帳術なんかもあるようにスケジュール管理をしなければならいほど忙しいんです。

小学生もいっぱいやることが決まっている。

 

「忙」しいという漢字は、「心」を「亡」と書きます。

 

なんで心を亡くすのでしょうか?

 

やることが決まっていると、それをただやっていればいいからです。

 

それって何かに似ていると思いませんか?

 

そう、ロボットです。機械は同じことを繰り返すのが得意。

コンピューターもそうですね。

 

ロボットと人間の違いは「心」と言われてますが、具体的には何を亡くすのでしょうか?

 

大きくは2つあります。

感じることと考えることです。

ロボットは感じないし考えません。規則正しく行動します。

動物は感じて行動します。

人間は感じて考えて行動します。

 

感じることは自分自身と向き合うことにつながります。

考えることは自分自身を知ることにつながります。

 

自分は何を感じているのか。

快なのか不快なのか、幸せなのか不幸なのか、良いのか悪いなのか・・・

自分は何を考えているのか。

この考え方は本当に自分の考えなのか、他人の考えなのか、それは自分自身なのか・・・

 

好きなことをするためには、時間が必要です。

それは、たった1分なのかもしれません。

好きなことをするためには、嫌いなことを止めることが大切になります。

時間を作るためには何かを手放さなければならない。

その時にやりがちなのか、好きなことを手放してして、やらなければならいことを選択してしまう場合があるんです。

嫌なことを手放すのです。

さらに、好きなことをするためには、どうでもいいことも手放すのです。

自分にとって毒にも薬にもならないことを手放すのです。

これが生活のほとんどを占めている場合もあります。

かなり意識しないとわからない大きな障害です。

 

好きなことをするためには、嫌いなこと、どうでもいいことを手放しましょう。

感情、思考、行動をチェックすると見えてきます。

 

■自分のプラスを知るためのワークショップ
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■自分のマイナスを手放す個人セッション
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受けとることと与えること

「自分を磨き成長するためにはどうしたらいいのか?」

これは僕のライフワークのひとつです。

最近、ホームパーティーに招かれていいなぁと感じ、僕も今年はホームパーティーで場作りをしていこうと思っています。

なのでいろいろと観察をしていてわかったことがありました。

 

主催をしている人は余裕がある(笑)

豊かさがあるから分かち合っているのです。

分かち合っているから豊かなのかもしれませんが(笑)

 

そこで、ふと思ったのです。

 

与えてもらったら、与える必要があるのかなと。

誰から何かをしてもらい嬉しかったら、自分もまた誰かに何かをしてあげる。

受け取ったら与えるという循環が大切なのではないかと。

 

受け取ってばかりの人もいて、不思議と不幸そうにみえる人も多いのです。

受け取って受け取って受け取って・・・インプットだけだと淀んできます。

アウトプットする必要があるのです。それは与えることかもしれないし、捨てることかもしれません。

 

受け取り上手な人もいます。こちらも与えているだけで嬉しくなる人。

ここで関係性が完結しているようです。

どんどん与えたくなっていきます。

素直であり謙虚な人であることが多いような気がしています。

 

与えることが前提で受け取る人もいます。

スポンジのように吸収していくし、わからないことがあれば質問もする。

積極的で清々しい人が多いような気がします。

 

受け取ったら与える必要がある。これは人間が社会を作るために必要だし、これがあるから文化が育つのだなと思いました。

自分が学んだことや経験してきたことは教えていく必要があるんだなと実感しています。

40代からは人に与える割合が増えていくようにするのが精神を健全に保つ秘訣ですね。


教育とは興味を持たせること

世の中の教育事情も混沌としています。

先日、テレビを見ていたら様々な教え方があるんだなと思った。

理解していない人に合わせる教育。理解している人に合わせる教育。

親切丁寧に教える教育。教えない教育。

授業型の教育。ワークショップ型の教育。

詰め込み型の教育。ゆとり教育。

 

古今東西ベストな教育は人それぞれなのかもしれません。

個人的な適正の問題だけでなく社会的な要因もあるのでしょう。

教育って、どんな大人を育てたいのか、どんな社会にしていきたいのか、どんな未来を創っていきたいのか、そんな要因に左右されてきます。

 

いろんな教育方法がありますが、僕は教育も一番の目的な「興味を持つこと」という目的以外にはないと思っています。

教育とは外的な要因。

教えてもらう側からみると、求めて教えを請うか無理矢理教えられるか(笑)

教える側からみると・・・う〜ん。。。なんでしょ。人それぞれ目的や意図がありそうです。

 

僕はなぜか、子どもの頃から「先生にはならない。」と心に固く誓っていました。

どうしてそう思ったのかは謎なんです。

母方の親戚には先生が多かったりするんですが、特に嫌な想いをしたことはないし、学校の先生方には恵まれていました。

 

先生にはならなかったのですが、教育法にはとても興味があるのです。

「教育とは、何だ?」という問いが先生でもないのにいつもあるのです。

人が人に影響を与えることはすべて教育だと思っているのかもしれません。

 

僕がいきついた答えは「興味を持たせること」ということ。

興味を持てば、自発的に学ぶようになるのです。

「知りたい!」という人間なら誰もが持つ好奇心に火をつけられるか。

それが鍵になると思っています。

究極的には、学びたいと思わなければ学ぶことはできないと。

知りたいと思わなければ、知ることはできない。

始まりはいつも自分から。そして他者との交流により学びが深まっていく。

さらに人に教えることで学びが最高点に達します。

そして、また次の学びのステージに上がっていく。

 

先日開催した、ボディ・トーク・ワークショップは、キネシオロジーの基本と僕が今到達している最高点を伝えました。

決まったカリキュラムも作らずに、だいたいの方向性を決めて、その場の空気を読んで進みました。

僕個人の経験だけでなく、参加者の経験も学びの場にでてくると何かがそこで起きるのです。

人生丸ごとをかけた学びの方法論を作っています。

例えるなら小学校の授業と大学院の授業の混合です。

結果、とても満足していただいたようで僕も一安心。

次回は1月31日(木)です。これ定期開催してみようかな。

 

人それぞれの人生経験を尊重しながら、人それぞれの興味に火をつけながら、僕の知的好奇心と仮説検証も含めながら「学び」を極めて行く1年にしていきます。