広島平和記念資料館に誰もが行くべきだと思った話

山口出張の帰りに広島に寄って平和記念資料館に行くべきだと思ったのはこの記事を読んだから。

田中泰延 Hiroshimas
https://hiroshimaforpeace.com/hiroshimas/

500系ハローキティ号で

ワークショップデザイナー育成プログラムで学んだことのひとつに、今、科学館や博物館にアート系のキュレーターの人たちが関わってきているという話を聞いた。

実際に未来館に見学にいって話を聞いたり、同じ学びをした方の多摩六都科学館でワークショップのお手伝いをさせたもらったりして、「伝える」ということについて、よくよく考えられている展示を目の当たりにした。

本当に伝えたいことを伝える工夫があるのだ。

小学校の時感じた原爆の話は、漫画はだしのゲンなどで「恐ろしい」とか「気持ち悪い」とか恐怖や嫌悪の感情をただ感じただけだったのだ。

「ネガティブな感覚は避けた方が良いよね」という教育を受けたのが僕らの世代だった。

この記念館も以前は、蝋人形などの展示で怖かったらしい。
でも、展示が変わったと聞いたので、日本人として見ておかなければならないという気持ちになり、半世紀を生きた今現在、初めて広島の地を踏んだ。

広島平和記念資料館

今は資料館も事前予約制になっています。
空きは朝一の回だったのだけれど迷わず予約。
混み合ってなく、いい感じで見学ができます。

記念館を見た感想は「これはみんな見た方が良いよ」というもの。

ただ、そこに生活していた人がいた。

この一言に尽きます。
それが、わかれば良いんだなぁと。

音声案内を借りたせいか、没入感がすごくて、途中学生たちに取り囲まれていることに気づいてびっくりしたりしました。

写真や資料とじっくりと対話をしているようなそんな時間でした。

主語がない日本語表現が、考えさせられる言葉。

誰も責めていないのにも交換が持てたし、メッセージ性を強く押し出しているわけでもなく、ただただ事実があったという記録だけを見せていく。

写真も撮られた人、撮った人がいるだけ。
そこにある何かが伝わってくるだけなんです。

ニュートラルに表現されていることに、展示を作った人の意志を強く感じました。

途中にこみ上げてくるものがあったりするのも確かなんですが、これは誰にでも伝わる展示なんだなと。

被害者でも加害者でもない無害者という心理的には高みのポジションにいる視点。
人類さえも否定せずに、ただあるがままを残していくということ。

これは理屈ではなく、見た方が良いなと思ったりします。
修学旅行みたいな半強制的なものでなく、自分の意志で決めて、自分の足で訪れたい場所です。
その価値が十二分にあると感じました。

原爆ドームは調査中

毎日の暮らしを丁寧に、美味しいものを食べて、対話をすること。
できたら好きなことを日々の生活に取り入れて楽しむこと。
平和であることを自分なりに意識していくこと。
余裕の部分で周りと分かち合うこと。
自分も周りの尊重すること。

最初の一行だけでもいいんじゃないかな。

豚ねぎそば@長田屋

広島の町は美しかったな、お好み焼きが美味かったなと思いながら。

広島平和記念資料館
http://hpmmuseum.jp

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