一生懸命やればいいという根性論

仕事は一生懸命にするな!にたくさんの反響をいただきました。

ありがとうございます。

仕事に対して手を抜けというわけではありません。

仕事って好きだからこそ真剣にやるものだと思っています。

 

メンタルトレーナー上田正敏です。

僕は学校で「一生懸命にやりなさい」と言われる時には、やりたくないこと、嫌いなことに対してだったと記憶しています。

好きなことは、ほっておいても、一生懸命にやるのです。

一生懸命という意識すらありません。

夢中になっているだけなのです。

 

学校教育って、できないこと、得意ではないこと、才能がないこと、に対して、必要以上に頑張れと言われます。

平均的な人間を育てようとしているからです。

学校教育のベースは明治時代の富国強兵だと言われています。

工業社会には適しているかもしれませんが、サービス業中心のクリエイティブな社会に合っているかは微妙です。

 

一生懸命とか努力とか苦労とか、必要以上に美化されています。

成功者のインタビューで必ずといっていいほど、苦労の話を聞きたがります。

成功者も聞かれるものだから、なんとか探しだして答えを言っている部分もあるそうです。

 

新しいことはやれば、想定外の出来事は起きますので、それに対応することは必要です。

苦労話にすることもできるし、笑い話にすることもできる。

どのような世界観を生きるかは選ぶことができます。

 

苦労話をすると、共感してくれたり、賞賛してくれたりするものだから、それが嬉しくてする人もいます。

苦労話をしていると嫉妬もされずらいですから。

楽に成功しているように見えている人って世間からバッシングを受けやすいですから。

苦労しているフリをしている人もいます。

 

一生懸命にやる必要はありません。

好きなことに夢中になってやることが大切です。

社会にでると、自分が得意なところが仕事になります。

経過である努力よりも結果を求められます。

 

つまり、根性論は通用しないということです。

会社には根性論が好きな人もたくさんいます。

頑張っている人を評価したい人もいます。

その本質は、自分には才能がなくて頑張っている者を評価するすることで、自分の慰めになっているのです。

 

ブラック企業という言葉が流行りましたが、努力して頑張っている人を評価する社会だからです。

残業もせずに時間内で結果をだして帰ってもいいのです。

生産性が高い人が評価されるべきだと思うのですが、仕事もできず残業ばかりして給料が高い人がいるのも事実です。

 

頑張ってやる仕事は、近い将来AIが代わりにやってくれるようになるでしょう。

AIは東大の入試に受かるくらいになってきていますから。

AIは万能ではありませんが、かなり人間に役立つものになるでしょう。

 

一生懸命にするとは根性論です。

メンタルも壊れます。

 

自発的に一生懸命な状態になるのは素晴らしいです。

自分感じて自分で考えて自分で選んで自分で行動するならいいのです。

努力が努力ではなくなるし、頑張りが頑張りではなくなります。

 

仕事だけとか、勉強だけできればいい時代は終わっています。

これからの社会はすべての分野でワクワクすることをやる人が増えるのではないかと思っています。

 

時代はどんどん良くなっています。

その変化を楽しめばいいのです。

どんなエンターテイメントよりも面白いんじゃないかな。

 

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仕事は一生懸命にするな!

一生懸命にやらなければできない仕事はやらないほうがいい。

やっていてワクワクする仕事をすることが大切なんです。

流してもできる仕事が大切です。

それがザ・ロールプレイ講座での2日目の大きな気づくのひとつです。

初日はこちらから。

 

プロセラピストの上田正敏です。

言葉で書くと大きな誤解が生じるタイトルですね。

でも、誤解を恐れずに書いてみます。

 

何事も一生懸命しなさい。

何事も一生懸命にしなさい。

そんな言葉をかけられたことありますか?

僕はあります。

子供の頃から「がんばって」と言われたことはたくさんあります。

一生懸命にやることは大切なことです。

が、仕事において一生懸命にやらなければできないことを仕事にすることは危険を伴います。

 

仕事って毎日やることです。

ビジネスの語源ってビジーであり、忙しいという意味ですからね。

この忙しいとは、1日のうちで一番時間を使っていることという意味です。

 

1日中、一生懸命にできる?

毎日、一生懸命にできる?

真面目と言われる人たちは、ついついやってしまいます。

その結果、どうなるかといえば、優秀な人になっていきます。

途中で挫折しちゃって、普通レベルだったり、無能レベルになっている人もいるかもしれません。

 

一生懸命にやっていると優秀にはなれる。

でも、天才にはなれないのです。

 

世間的には、一生懸命にやれ、真面目にやれ、がんばれ、と言われて、その通りにやることは美徳とされています。

でもね、天才的な人たちに話を聞いていると、どうも頑張っていないのです。

 

好きだから、やっちゃうんだよねー

ワクワクするから、やめられないんだよねー

夢中になっているうちに、時間を忘れちゃうんだよねー

 

軽いノリですなんです。

どうみても一生懸命にやってないのです。

 

真剣にはやっているけれど、深刻にやっているわけではありません。

 

一生懸命にやるって、深刻になりがちだったり、無理をしがちだったりするんだけど、楽しいことは、ただ「やる」なんです。

変な形容詞は入りません。

シンプルな行為だけになります。

 

手を抜ける仕事だからこそ続けられるのか

誤解を恐れずにいえば、手を抜いてもできることを仕事にするべきです。

手を抜くと言うのはいい加減にやるということです。

いい加減とは緩急をつけることができるということ。

いつも100%全力ではなく、30%だったり120%だったり時と場合によって変えることができることです。

いい加減とは手を抜くことではないのです。

適切にやることができるということです。

これ、好きだからこそ、ずっと続けることができるからこそ、自分の中でいい塩梅がわかるようになるのです。

 

料理の材料によって、甘すぎたりせず、しょっぱすぎたりもせず、一番美味しい塩加減を選ぶことができるということです。

 

今回のロールプレイで、手を抜く経験をしたのです。

そうしたら何が起きたか?

 

一生懸命にやるよりも結果がでたのです。

見た目は一所懸命にやっても手を抜いても同じようにしか見えない場合もありました。

 

僕自身もできない人の役割をしたら、本当に何も考えられないんですよね。

何も考えていないってこんなに楽なのか!と思ったりして。

自分で考えない、自分の意思を持たない、自分の感情が麻痺しているって、楽なんです。

ただ、反応している生き方しかできませんが、精神的には楽な生き方です。

だってロボットみたいなんだもの。

それが楽しいか?と聞かれたら、感じないからそれさえもわからないという感じ。

そんな生活を選びたいか?と聞かれたら、ノーと答えたい。

どうでもいいことは選ばずに、流行に従って生きたらいい。

大事なことは、自分の意志でしっかりと選ぶと答えます。

手を抜くってすごいなと感じたわけで。

 

手を抜いたら才能が見えてきたも人もいます。

普段とは違う自分を演じてみたら、自分の中に眠っていた才能が目覚める瞬間に立ち会えました。

 

ロールプレイで普段の自分とは違う自分を演じる

カウンセリング現場での肯定ペンギンです。

 

これやりたいんだけど、やったらいいよね?

うんうん、そうだよ。やるべきだよ。どんどんやりなよ。

 

もうイヤなんだけど、辞めてもいいよね?

うん。そんなの辞めたほうがいい。もう今すぐ辞めるべき。

 

これから何をしていけばいいかな?

ん!?

 

まさにクラウンでした。

みんな大爆笑です。

本人は、なんでみんながそんなに受けているのかわかりません。

ただ、自分の中にあったキャラクターを前面にだしただけなのです。

なんの努力もしていません。

このやり方は、本人は今までなにくらいに楽だといいます。

しかも、みんなに勇気をもらえたと絶賛されます。

ちょっと混乱気味なのが印象的でした。

手を抜いたほうが結果がでることを体験しました。

 

今回の参加者の皆様は、真面目で一生懸命にやるタイプ。

しかも優秀な人たちです。

休みの日に勉強にくるくらいですから。

 

そんな人は、手を抜くことを覚えるといいかもしれません。

 

僕のワークショップは、いわゆる座学のお勉強ではありません。

体験することに意義がある。

そこから気づきをえることを重要視しています。

理屈は後から学んだほうがわかりやすいのです。

 

何を学んだかはよくわからないのだけど、帰ってから、すごく楽になって、パフォーマンスが上がりますね。

何が変わったのかわからないのだけど、現実が変わっているのが不思議です。

という感想をいただくことが多いです。

 

僕の講座は一期一会です。

同じことをやろうと思っても同じようにできません。

参加者だったり、その時のタイミングだったり、場所だったりで変わってしまいます。

常にみんなの焦点があたっているところを取り上げていきます。

 

現実でどのように変わったのか感想をいただくのが楽しみです。

ありがとうございました。

 

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リーダーシップは自分の腹からの欲求から

新しいリーダーシップとは何か?

多くの人がリーダーシップとは、他者を引っ張る人だと勘違いしています。

それは古いタイプのリーダーシップです。

 

メンタルトレーナー上田正敏です。

週末にザ・ロールプレイ・セミナーを開催しました。

役割を決めて演じる研修であるロールプレイとは違います。

もちろん自分以外の人になるワークではあるのですが、それを超えた世界が見えてきました。

セラピーの臨床現場でロールプレイをすることによって興味ふかい経験を重ねたからです。

演じている人の感情や考えがわかるようになったからです。

 

サイコドラマ、フォーカスパーソン、ファミリーコンステレーション、プレイバックシアター、ディバイジングメソッド、インプロビゼーション、緊急クラウン、そしてとうとう演劇まで手をだしました。

現時点での集大成としてまとめてお伝えしました。

感情が揺さぶられまくり、気づきまくり、様々な人生体験を味わいまくりの2日間でした。

 

ドラマの基本は三幕構成です。

一幕で未知なる冒険がスタートし、二幕で宝を手に入れます。

ここまでが仮想空間であるワークショップで起こること。

第三幕は手に入れた宝を現実に帰って、活用していくということです。

参加者の皆さんの持ち場に帰ってからの変化を聞くのがとても楽しみです。

参加者の変化が素晴らしくて毎回オープニングサークルで話を聞くのが楽しみなのです。

 

今回のセミナーで気づいたことを2つほどシェアします。

ブログの記事も全2回でお送りします。

 

自分の欲求に素直になろう

ワークショップ中にプレゼントの話になりました。

どんなプレゼントをすれば相手は喜ぶかという話です。

これは送り側の問題ではなくて、受け手側の問題なのです。

 

それは何かというと・・・

自分が何を求めてるのかをハッキリさせるということです。

好きなものは何かを知ることです。

きちんと言語化することです。

それも抽象的ではなく具体的にです。

 

甘いものが好き。

もっと具体的に!

 

チョコレートが好き。

もっともっと!

 

高級チョコレートが好き。

さらに具体的に!

 

ラ・メソン・デュ・ショコラのチョコレートが好き。

もう一声!

 

そこのオランジェットが好き!

そうそう、それ!

 

できるだけ具体的にするのが大切なのです。

そして、普段から

「ラ・メソン・デュ・ショコラのサルバドールが好きなんだよね。」

と公言していることが大切です。

 

なぜか?

ここでプレゼントの話につながります。

人は喜んでもらいたいからプレゼントを贈ります。

大好きなものがわかっているなら、それをプレゼントすれば必ず喜んでくれます。

プレゼントする側にとっても心理的負担も、経済的負担も、時間的な負担も減ります。

そして何よりプレゼントできた喜びが手に入ります。

 

好きなものって、幅が広いと思っている人が多いかもしれませんが、実はピンポイントなのです。

まぁまぁ好きよりも、すごく好きが大切なのです。

最後の晩餐で食べたいものくらいまで突き詰めて、でてくるものが好きなものです。

 

自分トリセツみたいなものですね。

自分自身にプレゼントもできます。

 

自分の欲求に素直になることが大切です。

遠慮、罪悪感、無価値感は必要ありません。

 

好きに関しては小さな子供がメンターです。

彼らは好きなもので頭の中はいっぱいです。

 

ちなみに僕が好きなものはアップルパイです。

あのニュージーランドで何気なく入ったカフェで食べたアップルパイが忘れられません。

それから究極のアップルパイを探しています。

僕は人のオススメなものが好きです。

なぜならその人がわかる気がするから。
その好きな理由を聞くのが大好きだからです。

アップルパイ好きです!

 

欲求をいうことはリーダーシップにつながる

リーダーシップには、リーダーとフォロワーが必要です。

これを動的にいうと、アクトとリアクトの関係です。

アクトとは行動をすること、リアクトはある行動に対して反応することです。

 

ほとんどの人はリアクトで動いています。

反応が動いている。

例えば、挨拶をされたから挨拶をするというのは典型的な例です。

 

挨拶を最初に言う人は、アクターです。
(むむむ・・・俳優か。ここでロールプレイにつながりますね)

挨拶に答える人は、リアクターです。

自分から挨拶をするのもアクターになる練習のひとつです。

 

自分が何が好きかという欲求と対話をすることが始まりです。

これは自分の中にしか答えはありません。

 

この欲求に応えるべく、自分の欲求を素直に口にだします。

言わなければ周りの人は誰も理解してくれません。

 

運がよけば、周りの人が反応してくれます。

してくれたらラッキーで、してくれなくてもラッキーです。

自分でやればいいからね。

 

自分で口にだしたら、自分で叶えることができますよね。

叶えると言う字も、口という字が使われているでしょ。

 

ご縁があったり、運がよけば、誰かが欲求に答えてくれます。

フォロワーがでてくるというわけです。

これがリーダーシップの極意。

言い出しっぺになることです。

 

自分が欲しいものを話す。

自分がやりたいことを話す。

 

不平不満や愚痴を言っているとそれが手に入ります。

そういうのは僕らみたいなプロの前で言えばいいのです。

不平不満や愚痴を望みに変えてくれるから。

ネガティブな感情も羅針盤の役割をしていますからね。

イヤという感情は好きを知るための手がかりになります。

 

自分の腹からでてくる欲求の声を聞くこと。

その声を口にだすこと。

これが新しい形のリーダーシップです。

誰もがリーダーになれる時代です。

 

そんなことがワークショップでわかったことなのです。

頭でわかるだけでなく、心で感じ、体を動かすことで腑に落ちるのです。

だから現実世界に帰ってから結果がでるんですよね。

しかも自然に変わってしまいます。

 

次のブログでは2日目の続きを書きます。

いい加減でいこう!です。

 

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個性を認める多様性を認める世界

自分の源泉とつながって話をしている時、自分自身で感心していることを言っている時がある。

それが今回開催したソース・ワークショップ活用編で起きました。

僕が言いたいことはひとつ。

自分らしく生きることができる社会を創ることです。

 

ソーストレーナー上田正敏です。

好きを仕事にするために方法論を教えている時に、僕がずっと思っていたことが言葉になってあふれてきた。

子供の時に通っていた学校、大人になってから通った学習や資格などを発行するスクールなど、そこで学んで実践する時に、型を強制してくる組織があります。

統一性をだすことで世の中に認知させようという意図があるのかもしれません。

日本伝統の学び方である守破離が大切にされるからかもしれません。

 

国家資格はちょっと別で考えてください。

俺は車を右側車線で走りたいなんてやりだしたら交通ルールが崩壊します。

国が関与するのは必要最低限にしたほうがいいとは思いますが。

 

僕が感じているのは、学んだり実践したりしている人の個性が死んでしまっていることがあるということです。

学ぶ方法もその人の個性があります。

学んだことを実践する方法も個性があります。

続けていくやり方も個性があります。

 

みんな先人から影響を受けて、自分を確立していきます。

その先人も多種多様です。

先人をそのままコピーをすることに意味があるのでしょうか?

もうそれはAIをはじめとする機械の仕事になるかもしれません。

 

今の時期、就職活動している人なんだなと一目見てわかりますね。

みんな就職活動の制服を着ているかのようです。

こんなイニシエーション(儀式)に意味があるのでしょうか。

 

個性が大切、創造性が大切、自分で考えることが大切、と世間は言っていますが、実際には空気を読むことのほうが大切だというダブルメッセージを発していて矛盾が生じています。

暗黙の了解がありすぎる社会が日本です。

 

だからこそ、忖度する才能がある人は要領よく生きられ、その才能がない人は生きづらいかもしれません。

空気が読めない人は、必要以上にビクビクと怒られないように怯えているかもしれません。

みんなと同じにできないことで、自分を責めている人もいるかもしれません。

 

僕が定義する個性は、

何にワクワクするのか?

何をしている時にワクワクするのか?

どこにいる時にワクワクするのか?

誰といる時にワクワクするのか?

いつワクワクするのか?

という自分の感性そのものです。

 

長年、自分の源泉であるソースを探求し、周りの人たちのソースは何かを見ていると、一人として同じ人はいないことに感心します。

フェチという言葉がありますが、みんなそうなんです。

ワクワクという感覚は個性の象徴です。

心が湧き踊ったり、静かで穏やかであったり、ワクワクにも動的なものと静的なものがあります。

自分が好きなことって、恋人を選ぶくらいに、好みがわかれます。

 

どんな人でも生き生きと堂々と生きられる社会になったらなと思っています。

社会のルールを変えたり、文化を変えることは難しいと思っています。

個人が自分らしく生きることに許可をだすほうが簡単だと思っています。

社会は個人の集まりにすぎません。

 

もしも社会を変えたいと思うなら、自分からです。

社会を変えようとしても社会は変わりません。

自分を変えることができたら社会は変わります。

見える景色は確実に変わります。

 

あなたが、自分らしく生きることが、多様性を認める社会になると僕は思っています。

 

そのためにソース・ワークショップは継続していくし、サポートするようなサービスを提供していきます。

ワクワク革命だね。

 

■ワクワクを発見し好きなことを仕事にするソース・ワークショップ
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■自分らしく生きるライフチェンジプログラム
約半年間、人生を変えるために伴奏するコースです。
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人のワクワクを笑うな!

自分の中にあるワクワクという感情や身体感覚を再認識し、理想の仕事やパートナーを見つけ自分が望むライフスタイル創りだすソース・ワークショップ開催中です。

多角的に自分のワクワクを見つける発見編とそのワクワクを実生活に応用する活用編に別れています。

このワクワクって自尊心とつながっています。

 

ソーストレーナー上田正敏です。

ソースを知って19年、トレーナーになって12年。

好きという感情を大切にする生き方を実践し、また多くの人に伝えてきました。

ワクワクとか好きという感情はその人そのものです。

とても個人的なものであり尊重すべきものです。

 

久々にワークショップで怒りが爆発しました。

それは参加者のワクワクする気持ちを、馬鹿にして笑った人がいたという話を聞いたから。

 

人のワクワクを笑うな!

 

自分のワクワクする気持ちを表現することは勇気がいることです。

自分の好きを否定されたら立ち直れないくらい傷つくものです。

自分を全否定されたような気持ちになるのです。

 

他人のワクワクを笑う資格がある人は、この世にはいません。

唯一できることは尊重することだけです。

 

言われた本人がドン引きするくらい僕の中で怒りが湧いてきたのですが、これ本当は言われた本人が怒りを感じているのです。

自分の尊厳を守るために怒りを感じているのです。

その怒りを抑圧していると周りの人に伝染することがあります。

それを僕が感じ取ったので、本人に代わって怒りを表現しました。

 

さらに心理学的にいえば、笑った本人も大問題があります。

それは他人を笑ったことではありません。

自分で自分自身の尊厳を笑って馬鹿にしたのと同じことです。

 

きっと自分のワクワクする感情や身体感覚を否定している人です。

自分の自尊心を失い、自己不信に落ち入っている人なのです。

他人のワクワクを笑える人は、それ以上に自分のワクワクを笑っています。

どれだけ自分を罰しているかと思うとやりきれません。

本当は誰も悪くないのです。

あるとすれば自分のことを大した奴だと思っていない自分です。

 

どうすればいいのか?

 

答えはシンプルです。

自尊心を笑われた時に怒ればいいのです。

それがどれだけ罪があることなのか自覚していない人が多い。

それを伝える必要があるのです。

健全なる怒りというものがあるのです。

 

セラピーの手法を使ってリプログラミングしました。

自分自身のソースとつながり生き生きと力が湧き上がっているかのよう見えました。

感情はとても穏やかだったそうです。

自分の源とつながることが、好きな仕事をしたり、好きなパートナーと共にいたり、好きなことを好きなだけ好きな時にできるようになる鍵を握っています。

 

ワークライフバランスを超えたワークアズライフをソースワークショップで手に入れることが目的です。

自分らしさを発揮して生き生きとしている人を一人でも増えることが僕のワクワクのひとつです。

 

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自分に自信を持つためには言葉使いに意識を向けること

人間の意識って何でできているでしょうか?

僕の答えは言葉です。

人は言葉で世界を認識しています。

 

メンタルトレーナー上田正敏です。

人は言葉でできていると言っても過言ではありません。

どんな言葉を使っているかで、その人そのものがわかります。

 

だから、自分の言葉に責任を持つことが重要になります。

 

愚痴、不平不満を口にしていると、愚痴や不平不満を言いたくなるような場面に出くわすことが多くなります。

感謝を口にしていると、感謝を言いたくなるような場面に出くわすことが多くなります。

 

世の中はプラスもマイナスもありません。

ただニュートラルにあるだけ。

人がプラスに解釈するか、マイナスに解釈するだけなのです。

使っている言葉によって、プラスに動くか、マイナスに動くか決まってきます。

使っている言葉によって、何が拡大されて見えてくるかが決まってきます。

 

ネガティブ思考でいれば、ネガティブなことがよく見えたり聞こえたりするようになります。

ポジティブ思考でいれば、ポジティブなことがよく見えたり聞こえたりするようになります。

 

偽ポジティブ思考は、無理やりネガティブをポジティブに変えようと努力をしているので、ネガティブ思考だったりもします。

ポジティブもネガティブも超えてニュートラルになることが究極の目的です。

まずは、自分がポジティブな言葉を使っているか、ネガティブな言葉を使っているか、自分の言葉に意識を向けて見ることが大切です。

 

そして、特に意識を向けてもらいたいのは、語尾です。

例えば、

僕がお菓子が好きだ。

という言葉の語尾を変えてみます。

 

僕はお菓子が好きじゃない。

僕はお菓子が好きかもしれない。

僕はお菓子を好きだったらいいな。

僕はお菓子を好きに違いない。

僕はお菓子を好きだと思うんだけど、、、。

僕はお菓子が好きだなんて言わないよ絶対。

 

何が何だかよくわからなくなります。

自分で自分に煙幕をはることになります。

自分の意識がわからなくなります。

自分自身を誤魔化すことができます。

 

僕は◯◯が好き。

 

というシンプルな思考が大切です。

これは思考というよりも感情であり本能です。

余計な語尾はいらないのです。

 

世の中一般の人たちはお菓子が好き。

というのもどうでもいいことです。

誰が?私がなのです。

これが自分自身を確立していくことにもつながります。

 

そして、自分自身を信じることになります。

つまり、自分に自信を持つことができます。

 

どんな言葉を話しているのか?

自分がどんな言葉を言っているのか?

これに意識を向けると自信がつきますよ!

 

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皇居勤労奉仕に行ってきました。

昨年に引き続き、今年も皇居勤労奉仕に行ってきました。

今年もとても素晴らしい体験をしてきました。

東京都チームロータスの一員として平成30年4月24日〜4月27日まで参加させていただきました。

 

メンタルトレーナー上田正敏です。

貴重な体験を今年もしてきました。

この会に参加できることって、この上なく幸せなことです。

なぜなら、平日の4日間連続で参加できることが条件だから。

自分自身が物心共に平和であり、パートナーや家族が健康であり、健全な関係性が構築されている人が参加できるものです。

心が豊かである人だからこそ奉仕ができるものだと思っています。

 

実際には天皇陛下や皇后陛下から奉仕をされているような気分になります。

これほど学びになる機会はないというくらいにステキな時間でした。

企業研修をするなら皇居の勤労奉仕が一番いいのではないかと思うほどです。

それほど学びが深いものがあります。

実際には企業さんが来ているところを見たことはありませんが。

 

今回の勤労奉仕は、自分とは何か?、社会とは何か?を考えさせられる時間が多かった気がしています。

 

僕が参加した団は総勢33名でした。

33名も人がいると社会を作り出しています。

それぞれの個性が豊かな人たちが多いです。

才能がバラバラな人たちが多いともいえます。

 

草取りをしたり、掃除をしたり、お弁当を配ったり、お茶係があったり、鍵当番がいたり、団長、副団長がいたり、それぞれ役割があります。

それが自然と集団として機能していきます。

ノンビリ奉仕する人からテキパキ奉仕する人まで、多様性にあふれています。

出来る人から出来ない人までいたり、真面目にやっている人から適当にやっている人までいるんだけど、ちゃんと最後にはできているのです。

これが面白い。

誰もが必要な人であり、誰もがいていいのです。

当たり前といえば当たり前なんだけど、人として生まれて来たからには社会に必要とされて生まれて来るのです。

 

その精神的なリーダーとして天皇家があるのだという認識があります。

前回から感じていることで、日本人のDNAなのでしょうか、心の支えになっているのです。

神社で神様に祈るように、生きている神様なのかもしれません。

 

世界一のヒーラーが天皇陛下であると僕は思っています。

いるだけで、人を癒せる力を持っています。

医療関係者はもちろん、人を癒す仕事をしている人の頂点に立っている人だと確信しています。

僕の目指す究極の姿が陛下です。

 

ただいるだけでいい。

 

これは、特別な人だけでなく誰もが、ただいいるだけでいい。

八百万の神の世界と、多様性に富んでいる人間世界は同じです。

本当にそうなんだと確信を持ちました。

 

特別なことをしなくてもいい。

社会に役立つことをしなくてもいい。

がまんしなくていい。

良いことでなくてもいい。

完璧でなくてもいい。

ただ、そこにいるだけでいいのだ。

そんなメッセージをもらった気がしました。

 

あとは気づきのメモを

  • 初日は園遊会前日の赤坂御所のご奉仕。舞台装置を作るお手伝いができたのが感無量。テレビの画角の外にある景色を生で観れたのは良かったです。
  • 皇太子のご会釈では、皇太子の覚悟を感じることができました。選択の力を感じました。
  • 2日目は大雨の東御苑地区を見学。土砂降りの雨が気持ちよく、滝行で浄化されたような気分。
  • 午後は中止で帰るも疲れていて爆睡
  • 3日目は吹上御苑地区。ここは一般の人が入れない分野。幸運なことに昨年に引き続きKに参拝できる。このチームは確実に持っています。
  • 4日目は宮殿地区。見事な庭を見ることができました。午後は窓明館のお掃除。勤労奉仕団の控えの場としても使われるところ。自分たちが使ったところを掃除できるのもいいですね。
 

勤労奉仕ってご縁がある人だけが来れるものだと思っています。

日本人なら誰もが1回は体験することをオススメします。

この経験は何事にも代え難いです。

 

チームロータスの皆さま。ありがとうございました。

貴重な体験と気づきを得ました。

周りの人たちに得たものを与えていきます!

人に優しくなれました!ありがとう!

夫婦で新しいことしていこうっと!



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医学と医療

医学と医療は違うという話を聞いて調べてみました。

この単語は僕にとっては同じもので違いを考えたことなかったです。

何が違うのでしょうか?

 

メンタルトレーナー上田正敏です。

僕が耳にした話では、

医学=科学

医療≠科学

科学とは測定可能であり観察できる根拠をベースにして考えるのが原理原則だそうだ。

ということ。

 

僕自身は「医学=科学」と定義していません。

科学とは、何時でも誰でも何処ででも同じ結果がでるのが科学と定義しているからです。

物理化学を専攻していたので、科学とはこうだと思っているのです。

生物学に関しては、複雑な要素が多すぎて科学的に説明するのは困難であると考えています。

医学は人間の命に関することを研究している学問であり、人を治すためにあるものだと認識しています。

 

疑問に思ったら調べることが大事です。

僕は、まず辞書を引きます。。

医学(medicine、medical science)
生体の機構を調べ、生体の保健や疾病・傷害の診断・治療・予防などについての方法を研究する学問。大きく基礎医学・臨床医学・社会医学に分かれる。

医療(medical treatment [care])
医術で病気を治すこと。

医術(the medical art; medicine)
病気や傷を治療する技術。

科学(science)
一定の目的・方法のもとに種々の事象を研究する認識活動。また、その成果としての体系的知識。研究対象または研究方法のうえで、自然科学・社会科学・人文科学などに分類される。一般に、哲学・宗教・芸術などと区別して用いられ、広義には学・学問と同じ意味に、狭義では自然科学だけをさすことがある。

調べたらよくわからなくなりました。

 

人によって言葉はどのように定義するかで変わってきます。

言葉の定義をしてから議論しないとズレていく可能性が高い分野です。

 

医学とは学問である。

仮説検証をして学問的に体系化されていることに使われています。

エビデンス(医学的根拠)があるとは、仮説検証されたものであるということですね。

ただ、学問というものは、学説が沢山あって、多くの専門家が支持されているものが正しいとされています。

つまり、AはBという学説もあれば、AはCだという学説もあることです。

学会などで議論されたりすることで、常識的にどの学説が正しいかは変わることがあります。

理由を証明しているのが医学と言ってもいいかもしれません。

 

では医療とは何か?

辞書を引いてわかったのはアートである要素があるということ。

科学のように誰でも同じというのではなく、芸術のように誰もが違うという要素が含まれるこということ。

科学的に証明されていないかもしれないけれど、病気や治療する技術を使うということ。

 

辞書で定義が曖昧ならgoogle先生に頼ってみます。

医療と医学の違い
医学は科学である。しかし、医療は科学ではない。ただ、客観的に集積された証拠に基づく医療(EBM)は、限りなく科学に近づくことができる。それでも病状把握の正確性、過去に報告された論文の評価、個体間較差を考慮すると到底、科学にはなり得ない。一+一=二にはならないのが医療である。
http://www.med.or.jp/nichinews/n110805i.html

医療と医学の本質的な違い
医療を科学として扱おうとする前提をつくったのは誤りです。医学はテクノロジーですから、そのほとんどは科学の領域です。しかしそれは医療を支えるひとつの手段にすぎません。医療は生きることそのものを扱うのですから、そのほとんどは科学ではないのです。
カバーする範囲となれば、医学に比べて医療のほうが、ずっと広大なのです。それなのに少なくても日本の医療の中では、医学がすべてであるかのような錯覚がまかり通っています。医療のほとんどが医学で占められてしまったのです。
現代の便利で快適な物質的生活。それは科学の恩恵として素直に感謝するとして、人間らしくのびのびと生きることのほとんどは、科学とは関係のないことです。しかしそれが病気というステージに入った途端に、科学、科学と言われて右も左も壁で仕切られ、文字通り八方塞がりで、窮屈そのものです。
http://vitalmore.co.jp/integrated-care.html

 

次に紹介するのが一番納得した説明かなと。

II.医学とは?

皆さんは、学問としての医学(Medical Science、看護学・福祉学を含む)を学んだ後で、医療者として医療に携わることになります。その意味では、「医」の中心は確かに医学(看護学・福祉学を含む)です。

しかし、医学が他の自然科学と基本的に異なる点は、「人間を対象とする学問」であるという点です。

人間は精神を持ち、その精神が肉体と密接に関係しているために、自然科学のように物質を対象とした学問より複雑にならざるを得ないのです。したがって「医」とは、病める人(病者、患者)、つまり精神を持った人間を癒すことに関連する領域の全てを包含することになります。しかも病気の予防や健康一般に関する問題までも取り組む幅広い範囲を意味する言葉です。

治と治癒の違いは何か?(治すだけではなく、治して癒すのが治癒です)

医学も同様に病める人を癒すことができるようになるために学ぶべき学問ということになる。
www.hoku-iryo-u.ac.jp/~mkobaya/kobayashi/…to…/医学原論講義ノート1.doc

ここにあった図が良かったので作成しなおして提示します。

この図はわかりやすいですね。

僕の中では腑に落ちました。

医者と代替医療者の区別は社会学的なものだと考えるとわかりやすいかもしれません。

 

すみません。今回は全く結論がでません。

医学と医療の違い。

医者と医者でない人の違い。

科学と商売の違い。

切っても切れない大きなテーマでした。

ちょっと考え続けます。

 

 

 


親から自立するということ

親から自立する。

これもセッションの中ででてくる大きなテーマのひとつです。

親からの自立とはなんでしょうか?

 

心理セラピスト上田正敏です。

自立とは、自分のだけで足でしっかりと立つということです。

 

自立するとは、精神的、物理的、経済的に自立をすることです。

これ簡単なようで、難しいことなのです。

 

精神的に自立する最初のステップは、親に頼らないということです。

次のステップとして親と対等な関係になるということです。

まずは、親に精神的に頼らないということが大切です。

 

物理的に自立最初のステップは、物理的に親との距離をとることです。

自分の居場所を自分で作るということです。

今の家族は親が作ってくれた居場所です。

自分で自分の居場所を作ることが大切になります。

家庭でも職場でもない第三の居場所を作ることも社会的に大事なことです。

 

経済的に自立をすることも大切です。

生まれてきた時からずっと親に育ててもらっている。

お金をだしてもらってきているのです。

もちろん、お金だけでなく、愛情やエネルギーも注いでもらっています。

 

ここで、愛情なんてもらって来なかったという人がいますが、今現在、生きているだけで最低限の愛情をもらっています。

これで十分なのです。

それ以上の愛情は、運というか人それぞれ。平等ではありません。

 

経済的に自立するということは、社会的にも大人だと認められることです。

今の時代の通過儀礼が社会の一員となるために、経済的に自立をするということでしょう。

 

お金の側面だけで家族を会社に置き換えて考えてみます。

僕の考えでは、お金をくれる人がお客さんと定義します。

会社員のお客さんは社長なんです。お給料をくれる人がお客さん。

いわゆるお客さんは、社長のお客さんなのです。

 

これを家族で例えると、親はお客さんです。

自立する前は、お客さんである親の欲求を叶える必要があります。

親の欲求が嫌で反抗期があって、親離れをしていき、自立するプロセスがあるのです。

20歳を超えて、親に文句があるなら、とっとと自立することをオススメします。

文句を言っているということは、自分に責任がないポジションにいるということです。

責任がないと自由もありません。

 

自立するとは自由を獲得することでもあります。

時間の自由、行きたいところへ行く自由、住みたいところに住む自由、買いたいものを変える自由、何もしない自由、言いたいことを言える自由、好きな服を着る自由、好きな人と共にいる自由、好きな仕事をする自由、感謝する自由、感情を表現する自由、対等に人と付き合える自由、人を応援する自由、人から応援される自由、人生を楽しむ自由・・・

 

自立した後に、また親を頼ることも自由です。

時にはそれが必要な場合もあります。

お互いの合意が必要ですが。それが対等というもの。

 

親に頭を下げさせてはいけません。

子が親に頭を下げるのです。

命の流れにおいて、どうも深層心理の世界では順列があるようなのです。

 

子供は親にやってもらって当たり前だと思っている場合が大半でしょう。

当たり前ではないのです。

自立した大人の場合、親に頭を下げてお願いすることが大切です。

もし、頭を下げられないなら、何か大きなテーマがそこにあるということです。

精神的に自立できない何かがあるのです。

 

親から自立をして対等の関係になること。

大きなテーマです。

これが解決していないと様々な分野で問題が起きます。

感情的にニュートラルに両親と向き合うこと。

目指す意義があることです。

 

自分の頭で考えることも重要です。

他人の意見を聞いてその中から選ぶことは自分の頭で考えていないし、本当の意味で選んではいません。

自分の頭で考えることも自立の一歩です。

 

■ワクワクを発見し好きなことを仕事にするソース・ワークショップ
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期限を決めて全力でやってみる

何かにチャレンジする時には、期限を決めるといい。

それは時間を味方につけること。

どんなことでも未来永劫続くと思うと嫌になることがあるのです。

 

メンタルトレーナー上田正敏です。

叶えたい夢がある時。

期限を決めるといい。

予定になるから。

 

やってみようか迷っている時。

期限を決めるといい。

その期間、全力を尽くせるから。

 

できるかできないかを考える必要はありません。

結果が重要なのではありません。

今ここで、自分で決めるということです。

決めたらやるというシンプルなことです。

 

もし、決めてやらないから、それは決めていないということです。

決めていない自分を責める必要はありません。

決めていると思い込んでいる自分を見つめるだけです。

決めるということがどういうことか知ることが大切になります。

 

決めたらやるのです。

やってダメなら、違う方法を考えてやるだけです。

 

もし、やれないならそれは選択をしていないだけなのです。

決めた途端に動き出すのが体です。

頭で決めた気になっているだけだと、体は動きません。

意思で決めると、体は動きます。

 

どうしても動けないなら、進む未来を変えたらいい。

それは決めた期限が終わってからでもいいのだ。

自分で決めること。

大事なことはこれだけかもしれないな。

 

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